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連載

こざわたまこ「夢のいる場所」 vol.20

【連載小説】「オーディションに行く気はない」そう電話で宣言した夢だったが――こざわたまこ「夢のいる場所」#6-3

こざわたまこ「夢のいる場所」

※本記事は連載小説です。

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『──へえ、逃げるんだ』
 昨晩、莉花が電話越しに私に向かって放った言葉だ。オーディションの会場と時間を一方的に連絡してきた莉花に腹が立って、明日そこに行く気はない、と返した時の反応がそれだった。
『別にいいんだよ、私は。結局は、あんたが決めたことだし。あんたはその、ぬるま湯みたいなところで一生チヤホヤされてれば』
 挑発するような莉花のやり方には、ほとほとうんざりしていた。相手に「どちらか」を選ばせるようなふりをして、それ以外の逃げ道を塞ぐ。その上で、決定権はこちらにあるのだ、と見せつける。そういう会話の進め方は、莉花のいちばん得意とするところだった。
『悪いけど、その手には乗らないから。ありがたくそうさせてもらう。あんたの言う通り、死ぬまでぬるま湯でチヤホヤされて生きてくつもり』
 才能だとか夢だとか、もうたくさんだ。莉花の挑発的な物言いに振り回されるのも。
『……言いたいことは、それだけ? ならもう切るよ』
 ある程度予想していた答えだったのか、莉花はひどくつまらなそうな口調で、ふうん、と呟いた。
『あっそ。あんたの気持ちは、よくわかった。なら、せんべつ代りに教えてあげる』
 莉花が最後にそんなことを言い出したのは、ただの気まぐれだろうか。それとも、最初からそのつもりで電話を掛けてきたのか。
『私とあんたが受けた、養成所でのオーディションの裏事情。聞きたい?』
 最後の最後に実力で役をつかみとった莉花と、最後の最後で天に見放された自分。ずっと、そう思っていた。今の今まで。
『あれね、私の実力なんかじゃないよ』
『……え?』
『パパに頼んだの。あの舞台を企画した大人の中には、パパの仕事関係の人もたくさんいたしね』
 うわさ通り、あの役勝ち取れたのは親のコネってこと。ねえ、驚いた? どこか、私の反応を面白がっているような口調だった。
『……噓だよ』
『噓じゃない』
『そんなの、噓だよ。だってあの時、二度とコネなんて言わせないって言ってたじゃない。ぐうの音も出ないくらい黙らせてやるって。自分には才能があるからって。なのに、そんなのって──』
『そうだよ。あいつらが今後、あいつは親のコネだ、なんて口が裂けても言えないようにするために、自分の親を使ったんだよ。実際、あの舞台が成功してからは、そんなこと言うやつはいなくなった、パパを使ったのは、あの一回きり。一回きりの賭けに、私は勝ったの。あんたはその賭けに、負けた。ただ、それだけのことじゃない?』
 莉花のいつものハッタリだろうか。だとしたら、なんのために? 黙り込んだ私に、畳みかけるように莉花が言った。
『あんたには、こんな勝ち方無理だよね。才能とか実力とか、そういうものだけを信じてるあんたには』
『……どういう意味』
 そのままの意味だよ、と莉花が吐き捨てる。
『あんたは自分のことを本物だと思ってる。本物の自分は、これっぽっちも汚れることなく、いつか正攻法で勝てると思ってる。そんな自分が何もできないまま、だまし討ちみたいなやり方に負けただなんて信じたくないんでしょう』
 見透かすような莉花の言葉に、私はもう何も言えなかった。
『私が親の七光りだとかコネだとか、そういうハンデを跳ねのけられるくらい本物の才能の持ち主なら、諦めがつくもんね。本気を出してから傷つくよりも、本気を出す隙もないくらい圧倒的な才能に打ちのめされた方が、傷が浅くて済むから』
 ううん、違う。私が莉花に言えることなんて、本当は何もなかった。そんなの、初めからわかっていたはずなのに。
『でも悪いけど、あんたが思い描くようなゼロか百かの天才なんて、この世のどこにもいないから。誰もがみんな、ちょっとだけ生きづらくて、ちょっとだけ社会にめなくて、ちょっとだけ才能を持ってる。自分の中のちょっとの生きづらさと折り合いをつけてふつうに働いたり、自分の中のちょっとの才能を信じて夢を追い続けたりしてるだけなんだよ。みんなそうやって、自分の人生を選んでる。あんたはこれから、どうするの?』

 オーディションの場で聞かれることは、いつも大抵似かよっている。
「では、まずお名前を」
「長谷川夢です」
「それは、芸名?」
「いえ。本名です」
「演劇は、いつから」
「大学からです」
 今まで受けてきたオーディションの数は両手じゃ数えきれないけど、その中でも特に印象に残っている質問が、ひとつある。形式的なやり取りが続く中、それを聞かれたのは、質疑応答が始まって、五分程った頃のことだった。
「どうして『演劇』なんですか?」
「え」
 顔を上げると、審査員の一人が、にこにこと笑いながら私を見つめていた。
「あなた、さっき言ってましたよね。私にはこれしかない、とかなんとか。そういう風に思った理由を、具体的に教えてもらえますか? 自分には演劇しかない、と思った理由を。いや、これはちょっとした興味です」
 本当にただ「興味を持った」のだろう。雑談程度の認識でいいはずのその質問に、これまでの時間で、初めて口ごもってしまった。言葉がく出てこない。その人は特に気にする様子もなく、では質問を変えます、と話題を切り替えた。
「あなたは、演劇が好きですか。あるいは、演じるということ自体に、喜びを感じることはありますか? あるとすれば、それはどんな時ですか」
 また、空気が固まる。
「シンプルに、イエス、ノーで構いませんよ」
「あ。はい」
「……難しいですか?」
 その人が、困ったように首を傾げる。
「いや、あの。……考えたことも、なかったので」
 笑われるかと思ったけど、その人は、そういう人もいるんですね、と言っただけで、それ以上深く聞いてこようとはしなかった。

「あっ、ちょっとあなた。ここは入っちゃ駄目だって──」
 スタッフの制止を振り切り、ドアノブに手を掛けた。胸に手を当て、深呼吸した後、よし、とその部屋に足を踏み入れた。
がわ、夢です。入ります」
 扉を開いた瞬間、私を迎え入れてくれたのは歓迎の拍手でも、あるいはブーイングでもなく、ましてや頭上に輝くスポットライトでもなかった。
 会議用のテーブルに横並びに座った審査員達──莉花と演出助手らしき人達が数名と、もう少し年代が上の大人もいる。舞台上の照明には程遠い、蛍光灯の安っぽい光が辺りを包み込んでいる。全員が、突如オーディション会場に紛れ込んだ招かれざる客──私に、しつけな視線を投げかけていた。
「君、ちょっと困るよ。勝手なことされちゃあ」
 スタッフの声を遮り、あの、と声を振り絞る。でも今更、後戻りはできない。
「私にも、オーディションを受けさせてもらえませんか」
「どういうこと?」
「えっと、長谷川さん? だっけ。リストにそんな人、入ってないけど」
 そう言って、審査員の一人が書類をめくりながら首をかしげる。
「ほら、やっぱり。君ね、勝手なことされると困るんですよ。わかったら早く出て」
「でも、私」
「でもじゃなくて。君、これ以上は警察呼ぶよ」
 様子を見ていたスタッフの一人が、強引に私の腕をつかもうとする。そのまま部屋の外まで追い出されそうになった。嫌です、やめてください、と必死にその手を振り払う。
「お願いします。オーディション受けさせてください。私にはもう、これしかないんです。最後のチャンスなんです。お願いします。お願いします。お願いします……」
 審査員に向かって、何度も何度も頭を下げた。大人達は、気まずそうに視線を逸らすばかりだ。会場の隅では、このオーディションの参加者達が十名程、遠巻きにこの騒動を見守っている。彼らの目には、私の姿はさぞみっともなく映っているだろう。その中には、劉生君の顔もあった。
「……その子呼んだの、私です」
 え、と会場にいた全員が振り返る。
「宝城さんが?」
「はい。養成所時代の友人で。すごく才能がある子なんで、皆さんにこの子の演技見ていただきたいなって」
「……この子が?」
 聞いてないよ、とおそらくプロデューサー的立ち位置であろう、年かさの男性が小さく舌打ちするのがわかった。
「すみません、急だったんで書類は用意できなくて。ただ、すごく、面白い演技をする子で……」
「ちょっと、ちょっと待って。いくらなんでも、現場判断でいきなり書類選考してもいない子を捻じ込むってのは。上の意見も聞いてみないと」
「劇団の責任者は、私なので」
「それはわかるけど……」
 結局、莉花の一言で会場の空気は決まった。わずかなインターバルを挟んで、私の途中参加が認められた。文字通り「莉花の一存で」捻じ込まれたらしい。とはいえ、主催者側の反応を見るに、随分揉めたようだ。審査員の多くがこの決定を快く思っていないことは明らかだった。待機場所に移動するために部屋を出た瞬間、初めて自分の足が震えていることに気がついた。

「なんか変な薬でも飲んだの?」
 オーディションの直前、トイレの洗面所で二人きりになったタイミングを見計らって、狙いすましていたかのように、莉花が話しかけて来た。
「ちょっと大袈裟過ぎない? さっきの」
 そう言ってにやりと笑う。莉花はどこで見つけてきたのか、自分のイメージカラーに相応ふさわしい落ち着いたボルドーのスーツに身を包んでいた。唇にはいつものように真っ赤な口紅が塗られている。
 黙っていると、何よ、昨日のこと根に持ってるの? と茶化すように莉花が言った。
「本当のこと言われて、怒ったんでしょ。まあ謝るつもり、ないけど」
 莉花は隣で鏡を見ながら、悪びれる様子もなく肩をすくめた。別に怒ってないよ、と呟いた。
「全部、ほんとのことだった、と思うし」
「そう? ならよかった。まあ、私はあんたがやる気になってくれればなんでもいいんだけどさ」
 そう言って、パタパタと頰をはたいていたクッションを、ファンデーションのケースにしまう。
「でも、あんなパフォーマンス的なこと、よくできたね。あんた、ああいうのいちばん嫌いそうじゃん」
 莉花は、さっきの私のあれが演技だと思っているらしかった。
「……だって、パフォーマンスじゃないもの」
 本当に、そう思ったのだ。これが、最後のチャンスだと。またまたあ、と莉花は笑って取り合わなかった。きっと莉花はどう伝えたとしても信じてくれないだろう。
「次の演技、期待してる。あたしに、恥かかせないでよ」
 そのつもり、と答えると、莉花は驚いたような顔をして、私の目をじっと見つめた。
「やっぱり、変な薬でも飲んだんじゃないの」
 そう言って、莉花がくるりときびすを返す。そのまま、かつかつとヒールの音を立てて、莉花は先に洗面所を去って行った。

 名前を呼ばれて部屋に入ると、そこには先ほどの大人達がずらりと並び、私を待ち構えていた。さあ何を見せてくれるんだ、という顔で私を見ている者、何を見せられようと結果は決まっている、とでも言わんばかりにぴくりとも表情を動かそうとしない者等、様々だった。
「では、これが最後の課題演技です。テーマは演劇、です。あなたにとっての演劇がなんなのか、を表現して欲しい。パフォーマンス自体は劇にこだわらなくてもかまいません。では、始めてください」
 はい、と返事をして、一歩前に出る。
「……私は」
 目をつむり、息を吸って、吐いて、また息を吸い込む。うつむいたまま、急に黙り込んだ私を大人達がいぶかしげな顔をして見つめている。
「ここに来るまでずっと、三人の友人達のことを考えていました」
 ずっと、あの質問のことが頭に残っていた。翔太達の元を飛び出し、電車に揺られながら、この建物までの道を歩きながら、私が考えていたこと。どうして『演劇』なんですか?
「三人とも、演劇を通じて出会った友人です」
 私が考えていたのは、今日の出来事を帳消しにする方法だった。つまりそれは、どうすれば使あの三人を見返せるか、ということだった。
「私が電車の中で、友人達のことをどんな風に考えていたのか。ここでは言いたくありません」
 ゼロか百かの天才は、この世にいない。莉花はそう言った。そんなのは、そうなれない自分を正当化するためのべんじゃないか、と私は思った。自分が本物になれないからって、私までそうだと決めつけるな。私は、私のことを本物だと思ってる。誰もそう思わなくても、そう信じてる。自分で自分をそう思って、何が悪いと言うのか。私はずっと、莉花に怒っていた。
「自分を今より、嫌いになってしまうから」
 今日子は噓きだ。本当に私の才能を認めているなら、あんなこと言えるはずがない。何がクラスに一人か二人程度の才能だ。そんなわけない。私が今ここにいるのは、決して今日子にあんなことを言われたからじゃない。今日子にあんな風に言われなくたって、私はきっとオーディションを受けていた。私は今日子にも、怒っていた。
「……私は、私が嫌いです」
 いちばん腹が立ったのは、翔太だ。地面にいつくばる私を見下ろしていた、あの目。なんであんな目で私を見たんだろう。莉花のオーディションにすがろうとする私がみすぼらしかったから? かわいそうだと思ったから? 私は翔太の口が、こう動くのを見た。がんばれ。がんばれ、なんて翔太にだけは言われたくなかった。
「私が演劇を好きだったのは、舞台に立って何かを演じている時だけは自分のことを考えなくて済むからです。私が大嫌いな私のことを、その時だけは忘れていられるから。なのに、最近はどんどん、演劇のことも嫌いになっていって。だって私はこんなに演劇を愛してるのに、演劇の神様は、ちっとも私を愛してくれない」
 結局のところ、私はひどく腹を立てていたのだと思う。莉花に、今日子に、翔太に、演劇に。私の才能をこれっぽっちも認めてくれないこの世界に。
「私は私が嫌いです。でも本当は、自分のことも、演劇のことも、これ以上嫌いになりたくないんです。今日は、自分の好きなものをこれ以上嫌いにならないために、ここに来ました」
「嫌いにならずに、いられそうですか」
「……わかりません」
 でも、と続ける。
「今日は舞台に立っても、人前でも、演技をしない、と決めてました。本当のことだけ言いたかったから。大嫌いな自分のことを、ずっと忘れずにいるために」
 それが、私にとっての演劇です。
 そう言って、ぺこりと頭を下げた。もう一度顔を上げた時、半分以上の審査員は、私が何を言っているのかわからない、という顔をしていた。もう半分は、私から完全に興味を失っているようだった。莉花はちょっと、怒っていたかもしれない。でも、それでよかった。
「ありがとうございました。長谷川夢の演技を終わります」
 そして私はもう一度だけ、頭を下げた。さっきよりも、深々と。そこには、拍手もブーイングもなかった。スポットライトもなければ、私の登場を待ち望んでいる観客もいない。それでもちょっとだけ、カーテンコールみたいだな、と思った。

#6-4へつづく
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