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連載

こざわたまこ「夢のいる場所」 vol.21

【連載小説】オーディションを終えた夢が選んだ道とは――ついに堂々のクライマックス! こざわたまこ「夢のいる場所」#6-4

こざわたまこ「夢のいる場所」

※本記事は連載小説です。

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エピローグ

 天井から伸びたミラーボールが、万華鏡のように劇場内を照らしていた。くるくると回転するそれはさながら、小宇宙のようだった。舞台の中央では、主役の女性二人が高まっていく音楽に合わせて、まっすぐ手を伸ばしていた。まるで、見えない何かを、必死でつかもうとするように。
「わたし達は、わかっていたのです。こうして手を繫いだままでは、宇宙の果てなんていけっこないってこと。わたし達はいつか、選ばなければなりません。たとえ何かを、とりこぼすとしても。そして、選べなかった未来に向かって、わたし達は──」
 カナタの声は、やがて音楽にかき消されていく。舞台上のボルテージが最高潮に達したその時、辺りは溶けるような暗闇と、水を打ったような静寂に包まれた。
 客電がき、徐々に辺りが明るくなっていく。舞台に残っていた主役の二人が目配せをして、上手と下手に合図した。すると両方からぞろぞろと役者達が姿を現し、全員揃ったのを確認して、一斉に深々と頭を下げた。客数は少ないながらも、割れんばかりの拍手が、建物を包み込んでいた。
「本日は劇団アキレスと兎、『宇宙は誰かが広げてる』にお越しいただき本当にありがとうございました! 主宰の渡より、ご挨拶と役者紹介をさせていただきます。まずは」
 翔太の挨拶を背中で聞きながら、客席を後にする。

 劇場出口でアンケートが回収され、差し入れを渡して建物を出ようとしたところで、背後から呼び止められた。
「待ってよ、水臭いなあ」
「今日子」
 何黙って帰ろうとしてんの、と言われて、ごめん、ごめん、と手を合わせる。
「みんなと会ってかないの?」
 初日の打ち上げ今なら人数増やせるけど、と言われて、首を振った。
「これからちょっと、用事あるんだ。ごめんね」
 そっかあ、と残念そうに口を尖らせた今日子が迷ったように頭をかいた後、口を開いた。
「ごめん、やっぱりちょっとだけ話してかない? 十分くらいで済むから」
 ちょっとだけいいニュースあるんだ。今日子に言われるまま外のベンチに腰かけると、今日子が「おごり」と言ってお茶を買ってくれた。ありがたくそれを受け取ることにする。
「寒くなって来たねえ」
 うん、と頷いて、今日子とふたり、ペットボトルに口を付けた。不思議なもので、今日子との友情は地味に続いている。むしろ、前より交流が深まったくらいだ。あ、これ、と言って、今日子が封筒を渡してくる。やけに分厚い。
「『誰せか』の時の小屋代のあまり。夢だけ渡せてなかったから」
「……ありがと」
「あとね、それ写真。あん時、小道具でインスタントカメラ使ったでしょ。打ち上げとか撮ってたから、あげる」
「わ、すご。ほんとだ」
 封筒を開いてみるとそこには、打ち上げの様子や、バラシ、無人の舞台写真なんかが十枚ほど入っていた。ほんの数ヶ月前のことなのに、すでに懐かしい。
 一応解散公演と銘打っていたのに、翔太は公演初日に解散を撤回した。楽しすぎて、やめるのが惜しくなったらしい。そして、今も演劇を続けている。仕事もなんとか辞めずに済んだらしく、しばらくは二足のワラジで頑張るつもりだそうだ。
 気がつくと、今日子が突然まじまじと私の顔をのぞき込んでいた。
「ていうか夢、今日泣いた? 目ぇ真っ赤だよ」
「……だってさあ」
 言ったそばから、思い出し泣きしてしまった。翔太の新作は、すごく面白かった。アキ兎の公演を久しぶりに客席から観たせいで、新鮮さ半分、懐かしさ半分で、やけに泣けてしまった。
 それを見て、わっかんないなあ、と今日子が呟く。
「あたし、翔太の舞台あんまり面白いと思ったことないもん」
「ええ!?」
 今日子がそんなことを思っていたなんて、知らなかった。
「『誰せか』が唯一面白いと思ったかも。……そんな人でなしみたいな目で見ないでよ。ていうかこれ、翔太には内緒ね」
 そう言って、今日子が口を尖らせる。
「毎回夢が出てるから、観てたんだよ。これはほんと。あたし、夢の演技好きだもん」
「才能、クラスに一人か二人レベルでも?」
 意地悪でそれを言ったら、思いきりグーで殴られた。
「……クラスに一人か二人なんて、ぜいたくな才能だよ」
 それを聞いて、たしかに、と思う。私達はみんな、ないものねだりの贅沢ものだ。
「ねぇ、夢は今日の舞台、誰がいちばん気になった?」
「断トツで萌々ちゃん。すごくよかったよ。主役、すっごい似合ってた」
「それ、伝えとく。本人、喜ぶと思うな」
「……よくまた主役なんて引き受けてくれる気になったね」
 ま、色々あったのよ、と言って今日子が肩を竦めた。
「田中さんが、説得してくれたみたい。なんか本人も思うところあったみたいでさ。その代わり、稽古中すごかったんだから。翔太とバチバチで」
 容易に想像がついて、思わず笑ってしまった。
「……劉生君、正式に退団したんだって?」
 まあ売れっ子だし仕方ないよね、と言って、今日子は苦笑いしていた。
 劉生君は最近小劇場界ではちょっとした注目株だ。舞台を観に行くと、必ず一枚はフライヤーの中に名前を見かける。
「やっぱり、あのオーディションに合格したのが大きかったよね。宝城莉花のお墨付きだもん」
 今日子はそう言ってから、やべ、という顔をして、まあでも運もあるかな、といらないやさしさを付け足した。どうも変に気を遣われてしまっている。

 私は結局、あのオーディションに合格することはなかった。気にしてないと言ったら噓になるけど、あまり後悔はない。順当な結果として受け入れている。私のオーディションでの最後の演技は、演技ですらなかったわけだし。
 それに比べて、劉生君の演技はすごかった。自分が演劇に出会うまでの半生を即興でまとめたものだったけど、随所に劉生君の演技センスとユーモアが光っていて、十年続いたバンドが解散するところなんか、めちゃくちゃ悲しいのに思わず笑けてしまう、不思議な味わいの作品に仕上がっていた。あれで受からなかったら、噓だろう。
 結局一緒に舞台を作ることは叶わなかったけど、あのオーディションの後、莉花とは少しだけ話をした。
『養成所の、オーディションのことなんだけど』
 自分から、そう切り出した。その言葉に、莉花の肩がこわるのがわかった。
『あの時父親に頼まなかったとしても、あの役は莉花がもらってたと思う。間違いなく、莉花が勝ってた。私は、そう思うよ』
『……何それ。気ぃ遣ってんの?』
 莉花がそう言って、私を睨んだ。違うよ、と首を振ったけど、莉花は私の話をそれ以上聞こうとはしなかった。
『やっぱり、あんたのそういうとこ嫌いだわ』
 それが、私と莉花の最後の会話だ。莉花は、私の最終演技のことは何も言わなかった。わざわざ言葉を尽くすまでもない、莉花の目にはその程度のものとして映ったのかもしれない。
 莉花はあれ以来、着実に実績を重ねている。来年本多劇場が決まった、という噂を聞いた。それも、初のミュージカルらしい。ちょうどオリンピックの時期と重なっている。大変だとは思うけど、莉花のことだからうまくやるに違いない。
「そろそろ行こうかな」
 そう言うと、今日子も「私も次の回の準備しなくちゃ」と立ち上がった。
「夢、これから仕事?」
「うん。ていうか、オーディション。また受けてくる」
 実は今月から、新しい事務所に入ることになった。客演繫がりの知人が紹介してくれた、すごくこじんまりとした会社だ。と言っても、すぐに仕事が来るわけでもなく、基本的には自分の人脈で舞台の現場を押さえつつ、映像作品や大きめの舞台のオーディションを紹介してもらっている。三十間近でまたイチからやり直しだ。
 派遣先は今も同じところで続けているし、相変わらずお昼は家から持ってきたおにぎりでしのいでいる。変わったことと言えば、正社員の人が最近舞台にハマりだしたとかで、おすすめの劇団を聞かれたことくらいだろうか。
「あたし、実は海外行こうか迷ってるんだよねー」
 話の流れで、今日子がぽつりと、そんなことを呟いた。え、旅行? どこいくの、と聞くと、今日子はふるふると首を振って見せた。
「じゃなくて、何年間か」
 え、と驚く間もなく、今日子は「ていうかもう申し込んじゃってるんだ」と舌を出した。NPO法人っていえばわかりやすいかな。青年海外協力隊とか、そういう系のやつ。
「前からずっと、気になってはいたんだよね。年齢的にも、行くなら今かなって」
 それって、と呟くと、今日子は先回りしてか、翔太には言ってない、と首を振った。答えを聞く前から、なんとなく、そんな気がした。
「決まってから言おうと思って。だからそれまでは、内密に」
 今日子は結局、翔太とヨリを戻したらしい。そのかわり、どうせいは解消した、と言っていた。一緒に暮らしてみて、結婚は違う、という思いが強まったんだそうだ。
「前は私がとにかくしたいって感じだったんだけど、今は翔太の方がしたそうなんだよね。コンビニでたまに、ゼクシィとか眺めてるし。そういうの見ると、ぶっちゃけ重いっていうか……」
 離れたくらいで別れるならそれまでよ。今日子はそう言って、豪快に笑っていた。まさか今日子が翔太のことを重い、と言う日がくるなんて思っていなくて、つられて笑ってしまう。
「そんなわけで、うまくいったら来年か再来年辺りは日本にいないから」
 忙しくなりそうだね、と言うと「まあね」と今日子は頷いて、
「でもなんだかんだ、あの公演がいちばん楽しかった、ってなるのかな」
 と呟いた。今日子の言葉に、異論はなかった。写真の中の私達は本番までのゴタゴタなんてまるでなかったかのように、ただただ楽しそうだ。実際、すごく楽しかった。それだけは、噓じゃない。

 私は今日子と別れて駅に向かい、電車に乗り込んだ。三十分ほど揺られて、駅からは少し歩き、目的の場所にたどり着いた。事務所からのメールと館内地図を頼りに、建物の中へと足を踏み入れていく。この不安感は、いつになっても慣れない。
 すでにホールには先着の面々が集まっていた。軽く会釈して身支度を整え、動きやすい格好でストレッチを始める。隣では、発声練習をしている人もいた。しばらく待っていると、案内役らしき年配の男性が現れた。待機場所に移動してください、番号順にお呼びします。
 私は思いの外、早く呼ばれた。緊張をほぐすために、お気に入りの文庫本を開いた。すると、文庫の間から小さな紙切れが滑り落ちた。今日の別れ際に今日子から渡された小さな新聞記事の切り抜き。
『いいニュースって、これ』
 早く早く、と言われて記事を読んでみると、東北地方の高校で新設されたばかりの小さな演劇部が、初めて全国大会に出場した、というニュース。何これ、と首を傾げていると、最後まで読んでみて、と言われて、あ、と声が出た。教諭のところに、さいとうたく、の文字があった。
『拓真、今も演劇やってるよ』
 今日子はまるで自分のことのように嬉しそうに、そう言った。だからなんだ、と言われればそれまでの記事なのかもしれない。でも、今の私達にはこれだけで十分だった。直接会えるわけでもなければ、連絡先を知っているわけでもない。それでも私達は演劇という夢を通じて、ゆるやかに繫がっている。

 ちょうどその時、中から「どうぞお入りください」という声が聞こえた。その声には、かすかに聞き覚えがあった。女性にしては低めの、聞き心地のよい声。相手はもう、私のことを忘れているかもしれない。切り抜きをきれいに折り畳み、もう一度文庫本に挟み込む。
 目の前にはドアがあって、私はそれをいつでも開けられる。これは、未来へ続くドアだろうか? わからない。ドアノブを捻ると、案外あっさり扉は開いた。
「長谷川夢です。よろしくお願いします」
 ドアの向こうにいたのは、かつて相対した女性演出家だった。その人は相変わらず、柔らかな笑みを浮かべていた。
『あなた、役者である前に一人の大人でしょう』
 もう一度、この人の前に立ちたいと思った。今度は一人の大人として。
「まずは軽く、本読みでもしてもらいましょうか」
 はい、と答えて肩幅に足を開き、重心を整える。
 ここが舞台だ、とイメージする。目の前には客席。ここは広くて、まぶしくて、孤独な場所だ。そして私は今、ここに立っている。
 自分の居場所は、ここにある。
 ここではないどこか、をもうこれ以上探そうとは思わない。

※本作は小社より単行本として刊行予定です。


書影

「カドブンノベル」2020年12月号より


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