【幻の作品が復活! 皆川博子『ゆめこ縮緬』復刊企画⑦】おすすめコメント・日下三蔵(編集者・書評家)
~皆川博子幻の名作『ゆめこ縮緬』復刊に寄せて~
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皆川博子さんの短篇は「冒頭がすごい」「引き込まれる」と話題です。幻想・綺想をこよなく愛する7人の本読みの達人に、『ゆめこ縮緬』収録作の中で、書き出しが好きな作品を教えていただきました。
1篇にしぼるのはとても難しい! といううれしい悲鳴の中、皆さんが選んでくれた作品の試し読みをします。ぜひ皆川ワールドに触れてみてください。
推薦コメント
「影つづれ」
冒頭の一行も衝撃的だが、それを含む第一節全体が、まるで独立した一篇の詩のような完成度。原稿用紙にしてわずか一枚のこのパートが、短篇自体の重石として完璧に機能している。まさに悪魔的なテクニックだ。
――日下三蔵(編集者・書評家)
試し読み
1
狂(たぶ)れた、と思う。
行けど行けど、果てしない野である。
秋草が道をはばみ、いや、道などはじめからありはしない、尾花をかきわけ踏み出せば、一足だけの空間は生じるものの、歩んだうしろはたちまち、茫漠(ぼうばく)と芒(すすき)の原。
まばゆく、火の粉の朱じゃあない、穂の銀砂子どっとなびいて降りかかり、全身月光にうちのめされ、おもわずよろめく足を草にかくされた石塊(いしくれ)がすくう。
やがて、硫黄(いおう)のにおいが鼻をつき、視野をしめるのは、岩石ばかりとなった。
赤褐色、茶褐色、鉄錆(さび)色の岩を、乗り越え踏み越え、歩く。
──散り舞う桜をば、夢見草とも呼びます。ご存じないか。春に狂った魂が、秋の宿に夢を見せます。おまえさまの仮寝の枕は、夢見草の花びらをつめたものであったから、狂れるのも不思議はございますまい。
芒の葉ずれのような声が、岩の割れ目から噴き出す霧に綯(な)いまざる。
──衣くだされ。布くだされ。
このつづきは、朝宮運河(ライター&書評家)さんのおすすめコメントと共に第5回でお読みいただけます!
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