【入手困難だった幻の作品が復活! 皆川博子『ゆめこ縮緬』復刊企画⑧】おすすめコメント・東 雅夫(アンソロジスト)
~皆川博子幻の名作『ゆめこ縮緬』復刊に寄せて~
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皆川博子さんの短篇は「冒頭がすごい」「引き込まれる」と話題です。幻想・綺想をこよなく愛する7人の本読みの達人に、『ゆめこ縮緬』収録作の中で、書き出しが好きな作品を教えていただきました。
1篇にしぼるのはとても難しい! といううれしい悲鳴の中、皆さんが選んでくれた作品の試し読みをします。ぜひ皆川ワールドに触れてみてください。
推薦コメント
「影つづれ」
草双紙の玉藻前伝説と鏡花怪異譚の知られざる傑作「二世の契」を綯い交ぜた目も彩な綴れ錦よ。言葉の魔性に惑溺なさい。
――東 雅夫(アンソロジスト)
試し読み
1
狂(たぶ)れた、と思う。
行けど行けど、果てしない野である。
秋草が道をはばみ、いや、道などはじめからありはしない、尾花をかきわけ踏み出せば、一足だけの空間は生じるものの、歩んだうしろはたちまち、茫漠(ぼうばく)と芒(すすき)の原。
まばゆく、火の粉の朱じゃあない、穂の銀砂子どっとなびいて降りかかり、全身月光にうちのめされ、おもわずよろめく足を草にかくされた石塊(いしくれ)がすくう。
やがて、硫黄(いおう)のにおいが鼻をつき、視野をしめるのは、岩石ばかりとなった。
赤褐色、茶褐色、鉄錆(さび)色の岩を、乗り越え踏み越え、歩く。
──散り舞う桜をば、夢見草とも呼びます。ご存じないか。春に狂った魂が、秋の宿に夢を見せます。おまえさまの仮寝の枕は、夢見草の花びらをつめたものであったから、狂れるのも不思議はございますまい。
芒の葉ずれのような声が、岩の割れ目から噴き出す霧に綯(な)いまざる。
──衣くだされ。布くだされ。
このつづきは第5回でお読みいただけます!
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▶【次回予告】日下三蔵さんによる文庫解説を掲載!(10/27公開予定)