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連載

~皆川博子幻の名作『ゆめこ縮緬』復刊に寄せて~ vol.9

あなたもこの官能と禁忌の虜になる……“皆川幻想文学”の最高傑作8篇を待望の完全復刊『ゆめこ縮緬』

~皆川博子幻の名作『ゆめこ縮緬』復刊に寄せて~

文庫巻末に収録されている「編者解題」を公開!
本選びにお役立てください。

(解説者:くささんぞう / 編集者・書評家)

 あわてて最初に書いておくが、本書ゆめこ縮緬は、数あるみながわ作品の中でも指折りの幻想小説集である、いや、単に皆川作品の中というだけでなく、日本で書かれた幻想小説集の中でトップクラスの傑作と言っていい。このジャンルに興味がある読者にとっては、読まないとソンと自信を持って言い切れる数少ない本のひとつなので、怪奇と幻想を愛する同好の士の皆さんは、どうか安心して本書を手にとっていただきたい。

 さて、皆川ひろが児童向け時代小説『海と十字架』を刊行して作家としてデビューしたのが一九七二(昭和四十七)年のことだから、その活動は二〇一九年現在で四十七年の長きに及ぶことになる。
 その間、一貫して質の高い作品を発表してきたにもかかわらず、正当な評価を受けてきたとは言い難いのは、中間小説誌全盛で読者に分かりやすい娯楽作品が求められていた時代の故もあるだろう。
 海外のシュールレアリスム小説に傾倒し、デビュー当初から幻想小説を書きたいと語っていた皆川博子だが、中間小説誌の編集者には、なかなかその希望は理解されなかった。それでも数少ない機会を見つけて発表してきた幻想小説は、八五年になって、ようやく『愛と髑髏と』(85年1月/光風社出版 → 91年11月/集英社文庫)として単行本化された。
 以後、伝統芸能に材を採った破格の連作『変相能楽集』(88年4月/中央公論社)、芝居の世界を舞台にした作品を集めて第三回しばれんざぶろう賞を受賞した『薔薇忌』(90年6月/実業之日本社 → 93年11月/集英社文庫 → 14年6月/実業之日本社文庫)、おかよし画伯とコラボしたよう時代小説集『絵双紙妖綺譚 朱鱗うろこいえ』(91年9月/角川書店 → 93年7月/角川ホラー文庫/『うろこの家』と改題)、童謡をモチーフにした連作『あの紫は わらべ唄幻想』(94年5月/実業之日本社)、少女が出てくる幻想たんを集めた『』(94年12月/学習研究社 → 00年12月/学研M文庫)と一作ごとに力強くジャンルを開拓してきた皆川幻想小説は、九八年にひとつのピークを迎えることになる。それが本書『ゆめこ縮緬』(98年5月/集英社 → 01年4月/集英社文庫)と『結ぶ』(98年11月/文藝春秋 → 13年11月/創元推理文庫)の二冊である。
 まずは収録作品の初出一覧を掲げておこう。いずれも集英社の月刊誌「小説すばる」に掲載されたものである。

文月の使者 「小説すばる」96年7月号
影つづれ  「小説すばる」95年7月号
桔梗闇   「小説すばる」95年1月号
花溶け   「小説すばる」98年2月号
玉虫抄   「小説すばる」97年3月号
胡蝶塚   「小説すばる」96年1月号
青火童女  「小説すばる」97年7月号
ゆめこ縮緬 「小説すばる」97年10月号

 これらの短篇を雑誌で読む度に、「えっ?」とか「おっ!」といった声を上げていたのだが、単行本としてまとまったものを通読した際には、あまりの完成度の高さに絶句するしかなかった。そう思ったのが私だけではない証拠として、ひがしまさ氏が「SFマガジン」に書いた書評をご紹介しておきたい(引用は双葉社刊『ホラー小説時評 1990-2001』より)。

 皆川博子の最新短篇集『ゆめこ縮緬』を読んでいたら、卒然と、中洲へ足を向けてみたくなった。
 東京都中央区日本橋中洲──新大橋と清洲橋のあいだ。隅田川がS字を描く西岸に、へばりつくように位置する三角地帯である。
 高速道路建設に際して支流が埋め立てられるまで、この一郭は隅田川に浮かぶ小島だった。佐藤春夫の愛すべきユートピア幻想譚「美しい町」の舞台であるといったら、あるいはそれと思い当たる向きがあるやもしれない。
 仕事場のある両国から中洲までは、歩いても三十分とかからない。狸囃子(たぬきばやし)でも聞こえてきそうな曇天下、夕闇せまる隅田川につかずはなれず、そぞろ歩いてたどりついたそこは、狭い土地に巨大なマンション群が林立する無味乾燥な場所だった。
 永井荷風や吉井勇ら大正文士に愛された紅灯狭斜の巷の面影は欠片(かけら)もない……どころか、寂れ果てた旧花街の残り香すら、今となっては探し求めるよすがもないらしい。
 皆川博子が、本書所収の「文月の使者」や「青火童女」で描く中洲は、そんな、今は失われた非在の土地、幻めく廃市としての中洲である。
 そこには「達者なものまで病気になっちまいそうな」脳病院があり、うらぶれた淫売宿があり、閉鎖された芝居小屋があり、薄汚れた路地裏があり……それらの奥処には「男とみると、誘い入れる」魔性のものが潜む気配。「行き場を追われた魔性、化生が、中洲に寄り集まってくる」のだ。
 収められた八篇すべてが中洲と関わるわけではないのだが、巻末に置かれた表題作に、実はひと工夫あった。それを附会と感じさせないのは、「妖異のトポス」としての中洲の描写が精彩を放つがゆえであろう。
 幽明の反転、凶行の予感、時間の陥穽(かんせい)、肉体の煉獄……いつに変わらぬ皆川魔界のメイン・テーマが次々と繰りだされてゆくが、しかし今回は、その語り口にめざましい特色があった。
 巻頭作を数頁読みすすめただけで、それ者にはピンとこよう。体言止めと暗喩の多用、服飾や植物をめぐる絢爛(けんらん)たる語彙(ごい)の羅列、艶にして謎めいた会話の連なり──そう、これは紛れもない鏡花調。あの変幻自在な文体、絶妙の呼吸を、かくも自家薬籠中のものとした例を、私はほかに知らない。
 鏡花ゆかりの趣向は、文体のみにとどまらない。大正から昭和初期という時代設定、画学生や日陰の女といった登場人物、そして、ときに怪しく、ときに淫靡(いんび)に、全篇を彩る異界の投影。しかもここぞという勘所で、西條八十『砂金』の大正デカダンスな詞章がちりばめられる、ときては! ホラー・ジャパネスクの水準を確実にワン・ランク押しあげた、これは凄艶なる傑作である。

 東さんは一ページのコラムの半分以上を『ゆめこ縮緬』一冊に費やしており、その衝撃度の高さがうかがえる。なお、東さんは平成の三十年間に発表された作品を対象とした名作アンソロジー『平成怪奇小説傑作集』の第一巻(19年7月/創元推理文庫)に「文月の使者」を収録しておられる。怪奇小説ファンとしても、皆川ファンとしても、納得のチョイスである。
 本書には他に、単行本の刊行時に集英社のPR誌「青春と読書」の「本を読む」コーナーに掲載されたてるひこ氏のエッセイ「皆川博子には足がない」(98年6月号)と、集英社文庫版に寄せられたやまひびき氏の解説を、それぞれ再録させていただいた。先ほどご紹介した東さんの書評と併せて読んでいただければ、それ以上に私が付け加えることは、ほとんどない。
 一点だけ。短篇集『化蝶記』(92年10月/読売新聞社)に収録された「月琴抄」(「オール読物」91年11月号)は中洲シリーズの一篇であり、「文月の使者」の前日譚に相当する内容になっているので、本書を楽しまれた方は、ぜひ、こちらも読んでいただきたい。『化蝶記』は入手困難な本だったが、文庫未収録作品を対象とした選集の第七巻『皆川博子コレクション7 秘め絵燈籠』(14年10月/出版芸術社)にそのまま収めておいたので、現在は容易に入手できるはずである。

 二〇一八年十月に『夜のリフレーン』(KADOKAWA)、一九年三月に『夜のアポロン』(早川書房)と皆川さんの単行本未収録短篇集二冊をへんさんする機会を得たが、そのうち『夜のリフレーン』の方が幻想小説系の作品をまとめたものだったことから、著者の幻想小説集を角川文庫で再刊してはどうか、という企画につながり、本書が刊行されるに至った。
 読者の皆さんのご声援次第ではあるが、二〇二〇年には、『愛と髑髏と』が角川文庫に入ることになっているし、数年後には『夜のリフレーン』も文庫化されることだろう。おそらく、いまがもっとも多くの皆川作品を新刊書店で買える時代ではないかと思う。この幸運に感謝しつつ、ひとりでも多くの読者が皆川世界のとりこになることを願ってやまない。

ご購入&試し読みはこちら▷皆川 博子『ゆめこ縮緬』| KADOKAWA


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