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連載

「小説 野性時代」転載コラム「私の黒歴史」 vol.3

櫻田智也「自惚れ」【連載コラム「私の黒歴史」】

「小説 野性時代」転載コラム「私の黒歴史」

最も旬で刺激的な物語が詰まった月刊文芸誌「小説 野性時代」より、コラム「私の黒歴史」を特別公開!
これって黒歴史? それとも白歴史? “色とりどり“のエピソードをお楽しみください。

(本記事は「小説 野性時代 2023年9月号」に掲載された内容を転載したものです)

櫻田智也「自惚れ」
【連載コラム「私の黒歴史」】

 また妻と喧嘩をした。わたしの浮気を疑ってのことだった。言い争いのはてに、彼女はわたしが愛用するゴルフクラブを手にとり、これまたわたしの宝物のひとつであるアマチュア大会の優勝トロフィーを叩きのめした。クラブは曲がり、トロフィーは砕けた。
「ごめんなさい」
 妻はしゃがみ込んで両手で顔を覆い、わんわんと泣きだした。罵倒にはじまり、わたしの大切なものを破壊し、最終的にはそれらすべてを後悔して泣き喚く。いさかいの、いつもの流れだった。
「わたしの気持ちをわかって。わたしにはあなただけなの。あなただけが――」
 こんな夜をもう何度繰り返しただろう。すべてを吐きだし終えた妻は、いまは隣のベッドで穏やかな寝息を立てている。
「もう限界だ」
 わたしは呟き、ベッドをおりた。クローゼットから脚立をだし、衣装ケースに隠していたロープを手にする。とうとう恨みを晴らす時がきたのだ。本、スニーカー、時計、ヴィンテージワイン、そしてトロフィー……目の前で汚され、壊された、わたしの宝物たち。
 妻はよく眠っている。多少のことでは起きないだろう。わたしはロープの輪を首に巻きつけた。喧嘩の最後、妻はいつもこういった。わたしにはあなただけなの。あなただけが大切なの――。
「だったらわたしも奪ってやろう。おまえにとって、ただひとつ大切なものを」
 目を覚ましたとき、妻は思い知るだろう。喪失の痛みが、どれほどのものかを。わたしは自分の首に巻きつけたロープの端を天井のはりに結びつけ、脚立の上から飛びおりた。
 
 ……つい最近、ショートショートの名手である太田忠司さんにお会いして、そういえば自分も掌編を雑誌に投稿したことがあったと思いだした。前段の創作は、学生時代に「小説現代」誌の「ショートショート・コンテスト」へ応募して落選した作品を、ここに収まる長さにリライトしたものだ。意外性を狙ったものの、ひねりが中途半端で、自分を犠牲にした復讐という、物語としては平凡な結末に着地している。だが当時のぼくは、このアイデアを「すごい!」と思い込んでいたため、結果に納得できず、文章を変えて何度も応募しては、落選を繰り返したのだった。
 そんな自惚れエピソードも含め、小説家にとっての黒歴史といえば、デビュー以前の習作をいて他にはあるまいと、ここに公開した次第です。

プロフィール

櫻田智也(さくらだ・ともや)
1977年北海道生まれ。埼玉大学大学院修士課程修了。2013年「サーチライトと誘蛾灯」で第10回ミステリーズ!新人賞を受賞し、17年に同作を表題作にした連作短編集でデビュー。21年『蝉かえる』で第74回日本推理作家協会賞と第21回本格ミステリ大賞を受賞。

書籍紹介



蝉かえる
著者 櫻田智也
発売日:2023年2月10日
出版社:東京創元社

全国各地を旅する昆虫好きの心優しい青年・エリ沢泉(えりさわせん。「エリ」は「魚」偏に「入」)。彼が解く事件の真相は、いつだって人間の悲しみや愛おしさを秘めていた──。16年前、災害ボランティアの青年が目撃したのは、行方不明の少女の幽霊だったのか? エリ沢が意外な真相を語る表題作など5編を収録。注目の若手実力派が贈る、第74回日本推理作家協会賞と第21回本格ミステリ大賞を受賞した、連作ミステリ第2弾。著者あとがき(単行本版、文庫版)=櫻田智也/解説=法月綸太郎
(あらすじ:東京創元社オフィシャルHPより引用)

掲載号紹介



小説 野性時代 第238号 2023年9月号
編 小説野性時代編集部
発売日:2023年08月25日
商品形態:電子専売

綾崎隼がフィギュアスケートの天才少女たちを描く短期集中掲載「この銀盤を君と跳ぶ」前篇、ブレイディみかこによる自伝的読切シリーズ新章「失われたセキュリティーを求めて」登場!

【短期集中掲載】
綾崎 隼――この銀盤を君と跳ぶ
フィギュアスケート史を変える二人の天才少女。
ただ一つの五輪出場枠をかけて、運命の戦いが始まる!

【読切】
ブレイディみかこ――失われたセキュリティーを求めて 私労働小説―ザ・シット・ジョブ―
スーパー店員にも、理不尽を返す自由はある。
自伝的読切シリーズ、新編開幕!

【連載】
青山文平――父がしたこと
秋山寛貴(ハナコ)――人前に立つのは苦手だけど
阿津川辰海――バーニング・ダンサー
今村翔吾――天弾
恩田 陸――産土ヘイズ
垣根涼介――武田の金、毛利の銀
河崎秋子――銀色のステイヤー
新川帆立――目には目を
中山七里――こちら空港警察
増田俊也――七帝柔道記II 立てる我が部ぞ力あり

【コラム】
告白します――くわがきあゆ「友達がいない」
私の黒歴史――櫻田智也「自惚れ」
告白します――寺嶌 曜「怪物のしもべ」

【記事】
Book Review「物語は。」吉田大助
――蝉谷めぐ実『化け者手本』

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