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連載

「小説 野性時代」転載コラム「私の黒歴史」 vol.13

【連載コラム「私の黒歴史」】土屋うさぎ「スーパーヒーローになってみたい」

「小説 野性時代」転載コラム「私の黒歴史」

最も旬で刺激的な物語が詰まった月刊文芸誌「小説 野性時代」より、コラム「私の黒歴史」を特別公開!
これって黒歴史? それとも白歴史? “色とりどり”のエピソードをお楽しみください。

(本記事は「小説 野性時代 2025年4月号」に掲載された内容を転載したものです)

土屋うさぎ「スーパーヒーローになってみたい」
【連載コラム「私の黒歴史」】

 学生の頃、私は二回、大いに滑ったことがある。
 ことの発端は、小学六年生の英語の授業にさかのぼる。先生の出した問題が聞き取れなかった私は、「もう一度お願いします」を英語でなんと言えばいいのか分からず戸惑った。
 そこで苦肉の策として、
「モーイチド、オネガイシマァス」
 と片言の日本語でたずねたのだ。普段はクラスの片隅でじっとしている私が突然そんなことをしたので、クラスは笑いに包まれた。この経験で、私は調子に乗った。
 英語の授業でウケをとればヒーローになれると勘違いしてしまったのだ。
 教室に侵入してくる不審者を倒し、みんなから持てはやされる妄想を、誰でも一度はしたことがあるだろう。それよりも、授業でウケをとり一躍時の人となる想像は、少しだけ現実的に思えた。
 意気込んで臨んだ中学最初の英語の授業。ALTの先生に、好きなことを訊ねる時間があった。
 名前順に指名されたクラスメイトが「何歳ですか?」や「趣味はなんですか?」といった平和な質問を投げかける。教壇に立つ先生の、豊かなひげに覆われた顎を見て、私はここぞとばかりに質問した。
「映画に出てくる脱獄犯も顔負けの髭ですね。先生は髭が好きなんですか?」
 ギャグとは突然変な質問をすることではないので、私は間違っていた。教室が冷たい空気で満たされたことを覚えている。
 しかし喉元過ぎれば熱さも冷たさも忘れる。
 高校三年生、文化祭の出し物で演劇をやっていた時のこと。テンションが上がった私の中に、大ウケしてヒーローになりたいという欲望が再び顔を出した。
 やがて迎えた最終局面。張り詰める緊張感。私は自分の出番でアドリブをかまし、踊りながら舞台に登場してしまったのだ。
 シリアスなシーンで急に踊り出す人間についていける観客はおらず、ひと笑いも起きずに終わった。
 その時の映像は録画されており、DVDになってクラスメイト全員の手に渡っている。今でも私は夜に布団の中で、全員の家へ忍び込みディスクを割ってまわりたい衝動に駆られる。
 偶然手にした一度だけの成功体験にとらわれ、何度失敗を繰り返すのか。
 これらの出来事以来、私は人前でなるべく滑らないように、大人しい選択肢を選び続けている。スーパーヒーローになるという願望は、ついぞ叶わなかった。
 ただそんな地味な自分も、なんだかんだ言って嫌いじゃない。

プロフィール

土屋うさぎ(つちや・うさぎ)
1998 年、大阪府箕面市生まれ、東京都府中市育ち。大阪大学工学部応用理工学科中退。現在は漫画アシスタント兼漫画家。2023 年、『あぁ、我らのガールズバー』で集英社・第98回赤塚賞準入選。同年、『見つけて君の好きな人』で小学館・「創作百合」漫画賞佳作。24年、『文系のきみ、理系のあなた』で一迅社・第30 回百合姫コミック大賞翡翠賞受賞。同年、『謎の香りはパン屋から』で第23回『このミステリーはすごい!』大賞を受賞し、小説家デビュー。

書籍紹介



書名:謎の香りはパン屋から(宝島社刊)
著者:土屋うさぎ
発売月:2025年01月

大阪府とよなか市にあるパン屋〈ノスティモ〉でアルバイトをしている大学一年生のいちくらはる。そこに持ちこまれる数々の謎を解決する小春の推理と活躍! 焼きたてのパンの香り漂う〈日常の謎〉連作ミステリー!

掲載号紹介



書名:小説 野性時代 第256号 2025年4月号
編:小説野性時代編集部
発売日:2025年03月25日
商品形態:電子専売

大型連載2作がスタート! 安壇美緒「イオラのことを誰も知らない」、砂原浩太朗「踊る狐」の新連載が同時に始動。「横溝正史ミステリ&ホラー大賞」の最終候補作品の発表も。春爛漫な最新号をお見逃しなく!

【新連載】
安壇美緒――イオラのことを誰も知らない
ネットメディア編集部の「協力者」となった青年が、指示のもと辿り着いた現場は――。
気鋭が描く現代の事件小説、開幕。

砂原浩太朗――踊る狐
掏り取った紙入れから見つけた絵図が、思わぬ事件を呼び込んで――。
裏稼業に生きる人びとの嘘と人情が交錯する時代小説。

【最終回】
森絵都――デモクラシーのいろは
最後の“民主主義のレッスン”を終えた5人。
リュウが唯一、伝え残したこととは――?

【発表】
第45回 横溝正史ミステリ&ホラー大賞 最終候補作品発表

【連載】
赤川次郎――三世代探偵団 愛と哀しみへの逃走
阿津川辰海――デッドマンズ・チェア 
伊岡瞬――獲物
伊吹有喜――銀の神話
恩田陸――産土ヘイズ
梶よう子――雷電
神永学――怪盗探偵山猫 楽園の蛇
蝉谷めぐ実――見えるか保己一
寺地はるな――町は今日も
馳星周――海霧(ジリ)
増田俊也――七帝柔道記 3  友たれ永く友たれ
群ようこ――暮らしはつづく
森沢明夫――ハレーション

【コラム】
土屋うさぎ「スーパーヒーローになってみたい」

【書評】
Book Review 物語は。 吉田大助
三崎亜記『みしらぬ国戦争』

【新人賞】
第17回 小説 野性時代 新人賞 応募要項
第46回 横溝正史ミステリ&ホラー大賞 応募要項

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