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連載

「小説 野性時代」転載コラム「私の黒歴史」 vol.12

【連載コラム「私の黒歴史」】小林早代子「足が速いって褒められたい!」

「小説 野性時代」転載コラム「私の黒歴史」

最も旬で刺激的な物語が詰まった月刊文芸誌「小説 野性時代」より、コラム「私の黒歴史」を特別公開!
これって黒歴史? それとも白歴史? “色とりどり”のエピソードをお楽しみください。

(本記事は「小説 野性時代 2025年3月号」に掲載された内容を転載したものです)

小林早代子「足が速いって褒められたい!」
【連載コラム「私の黒歴史」】

 中学生まで、私は運動神経のよい子どもとして育ちました。黒歴史がテーマのコラムで何を自慢話から始めてんだよという感じかもしれないけどほんとにそうなんです。小学校ではバスケ、中学では陸上をやっていて、一〇〇メートル走の市大会で優勝したこともあるんです。さいたま市は政令指定都市で人数が多いんです。だから、その後の人生もずっとスポーツ万能扱いが続くものだと漠然と信じていたけどそれは大きな間違いでした。
 中学校までは近所の公立校に通っていましたが、高校は受験勉強をガチって早稲田大学の附属校に入りました。すると、ある程度お勉強ができる子ばかりが集まる学校に通うことになるわけです。中学三年生の頃の私は思っていました、ガリ勉はみんな運動神経が悪いに違いないと。しかし、いざ入学して体育の授業が始まってみて、何だか様子がおかしいことに気づきました。私、普通に平均じゃね?
 ガリ勉は運動ができないというのはまったく見当違いな偏見だったということを程なくして実感しました。勉強ができる子は帳尻合わせ的に運動神経が悪くなるという傾向は一切なく、むしろ高校の学友たちは勉強も運動も芸術科目も平均以上にできる、シンプルに完成度の高い個体の集まりだったのです。
 最初は納得いかねえなあと思っていましたが、体育の授業でモブとして過ごすのにもすっかり慣れ、次第に自分がかつてさいたま市で一番足が速かったことなど夢だったかのように思うようになりました。
 で、早稲田大学出身ということで性格の悪い人はうすうす察してるかもしれませんが私は酒癖が悪いです。大学で酒・煙草・麻雀的な古き良き文学サークルに入っていたということもあり、二十代の頃はまあ恥ずかしい飲み方をたくさんしてきました。
 あれは二十七歳くらいの頃だったと思うんですが、渋谷で友人と酒を飲んでいて泥酔し、店まで迎えに来させた当時の彼氏の制止を振り切って、どうげんざかの車道を駅まで全力疾走で下ったことがありました。正直記憶はほとんどないんですが、やけに爽快感があったのは覚えています。走り切って渋谷駅についた頃にはポケットに入れていたはずのiPhoneを紛失していました。酔いが覚めてから彼氏に「何でこんなことしたの?」と聞かれ、は? こっちが聞きてえんだよ。と逆ギレしたのですが、多分あの時の私は、さよちゃん足速いね! すごいね! ってまた言われたかったんかなと思います。中学生の時みたいに。
 今でも箱根駅伝の時期に選手たちが合法的に車道を走っているのを見ると、道玄坂を爆走したあの夜のことを思い出します。たすきをつないだ直後、地面に倒れ込んで嘔吐する駅伝選手の姿を見て、ゲロに貴賤あり、としみじみ思いました。

プロフィール

小林早代子(こばやし・さよこ)
1992年、埼玉県生まれ。早稲田大学文化構想学部卒業。2015年に「くたばれ地下アイドル」で第14回「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞し、同作でデビュー。『たぶん私たち一生最強』が2作目の単行本となる。

書籍紹介



書名:たぶん私たち一生最強(新潮社刊)
著者:小林早代子
発売月:2024年07月

いつものノリから本当に始まった、26歳独身女友達のルームシェア。仕事・恋愛・お金、人生の問題に揺れる4人が向き合う弱さと惑い、その先で見つけた最強の選択肢とは。飲んで笑って悩める日々を、軽やかな文体で駆け抜けるガールズ小説。

掲載号紹介



書名:小説 野性時代 第255号 2025年3月号
編:小説野性時代編集部
発売日:2025年02月25日
商品形態:電子専売

衝撃的なドンデン返しが話題を呼んだ阿津川辰海『バーニング・ダンサー』の続編が連載スタート。「第16回 小説 野性時代 新人賞」の最終候補発表も。今月も盛りだくさんの内容でお届け!

【新連載】
阿津川辰海――デッドマンズ・チェア 新連載
コトダマ遣いに、仲間を人質に取られた――。
能力者 vs .能力者の警察小説シリーズ第2弾!

【読切】
近藤史恵――ジブラルタルで会えたら
どうしようもなく寂しくて訪れた、美しき青い街。
「自分を少し捨てる旅」の結末とは?

【最終回】
朝井まかて――グロリア・ソサエテ
新たな芸術「民藝」を追求する奇跡の三人。
「美とは何か」を描く長編歴史小説。

【発表】
第16回 小説 野性時代 新人賞 最終候補作品
第45回 横溝正史ミステリ&ホラー大賞 第一次選考通過作品

【連載】
赤川次郎――三世代探偵団 愛と哀しみへの逃走
伊岡瞬――獲物
伊吹有喜――銀の神話
恩田陸――産土ヘイズ
神永学――怪盗探偵山猫 楽園の蛇
蝉谷めぐ実――見えるか保己一
永井紗耶子――青青といく
馳星周――海霧(ジリ)
藤岡陽子――青のナースシューズ
増田俊也――七帝柔道記 3  友たれ永く友たれ
群ようこ――暮らしはつづく
森絵都――デモクラシーのいろは
森沢明夫――ハレーション

【コラム】
小林早代子「足が速いって褒められたい!」

【書評】
Book Review 物語は。 吉田大助
カスガ『コミケへの聖歌』

【新人賞】
第17回 小説 野性時代 新人賞 応募要項
第46回 横溝正史ミステリ&ホラー大賞 応募要項

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