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連載

「小説 野性時代」連載コラム「告白します」 vol.9

三本雅彦「ずるい大人になりました」【連載コラム「告白します」】

「小説 野性時代」連載コラム「告白します」

最も旬で刺激的な物語が詰まった月刊文芸誌「小説 野性時代」より、コラム「告白します」を特別公開!
執筆者の個性が光る「告白」をお楽しみください。

(本記事は「小説 野性時代 2023年11月号」に掲載された内容を転載したものです)

三本雅彦「ずるい大人になりました」
【連載コラム「告白します」】

 私は「こうはなりたくない」と思っていた大人になってしまった。自分には守れない約束事を、さも守っているかのように振る舞いながら、我が子には「してはならぬ」と言う、ずるい大人である。
 罪悪感で痛む胸の内を吐き出さねば苦しく、しかし子どもには告げるわけにはいかない。子どもはまだ小さくて漢字を読めないから、この場を借りて告白し、少し楽になりたい。
 私は一日に二個以上、アイスを食べることがある。また、夜な夜なチョコレートなどのおやつを食べている。
 アイスは一日一個まで。おやつは三時にだけ。お腹を壊したり、肥満になったり、虫歯になったりしないようにするための我が家のルールで、私も親から言われてきた。我慢しながらも遵守していたのは、親もそのルールを守っていたからである。きっと我が子も同じ思いだろう。しかし私は守れていない。
 言い訳をさせてほしい。ルールを破る理由は二つある。
 一つめは心の健康を保つためである。現在、平日は会社員をしており、人並み程度にはストレスと疲れを感じている。想定より早くタスクを片付けることができたとか、満員電車に耐えたとか、些細なことにも褒美がなければ疲弊してしまう。アイスやチョコレートを食べるのは心のメンテナンスで、やめればたちまち萎れてしまうだろう。いわば家族と会社のために、私はおやつを食べているのだ。
 二つめは体型維持のためである。私は痩せ型で、忙しくなると食が細くなる。定食的なちゃんとした食事をするのは疲れてしまう。だがおやつは違う。大して嚙まなくてもいいし、満腹になれば捨てることなく封をして置いておける。おやつがなければ人に心配させてしまうくらい痩せているはずだ。
 三十代半ばが見えてきたのだから、健康を考えると控えたほうがいいのは間違いない。内臓、肌、脂肪。悪影響が出る先は分かりきっている。妻からも幾度となく忠告され、ルール違反を指摘されているが、どうしても約束を守れない時があるのだ。どうか許してほしい。
 遠くない将来、私は新たな罪悪感を抱くことが予想される。ゲームだ。一日一時間までとは言わないが、やりすぎてはいけないと子どもに言う日がいつか来るだろう。だがそう言う父は、朝から晩まで、あるいは明け方までゲームをしてきた前科がある。ゲームをしない妻を味方にはできないから、その時も一人で罪悪感を抱えることになる。人助けと思って、また告白する機会を賜りたい。いや、その頃にはもう、我が子も漢字が読めるだろうか。

プロフィール

三本雅彦(みもと・まさひこ)
1990年、神奈川県鎌倉市生まれ。2017年に「新芽」で第97回オール讀物新人賞を受賞。23年に『運び屋円十郎』でデビュー。

書籍紹介



運び屋円十郎(文藝春秋刊)
著者 三本雅彦
発売日:2023年6月9日

大型新人が放つ、幕末時代活劇
〈運びの掟〉
一つ、中身を見ぬこと。
二つ、相手を探らぬこと。
三つ、刻と所を違えぬこと。

約束の物は何があっても届け切る。それが〈運び屋〉。
母は病に倒れ、父も道場の経営に失敗して体を壊した。
自力で稼がなくてはならなくなった円十郎は〈運び屋〉を営む〈あけぼの〉に雇われることになった。

腕のいい〈運び屋〉として江戸の街を駆け回る円十郎だったが、
荷を運んでいたある夜、攘夷の志を口にする武士と手練れの忍び(?)に立て続けに襲われる。
一体何が起きているのか?
円十郎は知らず知らずのうちに時代の大きな渦に巻き込まれていく……。
オール讀物新人賞受賞の大型新人が放つ、幕末時代活劇。
(あらすじ:文藝春秋オフィシャルHPより引用)

掲載号紹介



小説 野性時代 第240号 2023年11月号
編 小説野性時代編集部
発売日:2023年10月25日
商品形態:電子専売

赤川次郎&近藤史恵&朝比奈あすか&秋吉理香子&櫛木理宇の新連載5本スタート! 秋の短編ミステリ特集として五十嵐律人&羽生飛鳥の読切も掲載!

【新連載】
赤川次郎――三世代探偵団 愛と哀しみへの逃走
三世代探偵団が戻って来た!
友人とのお出かけ中の有里は宝石強盗に遭遇して――。

近藤史恵――風待荘へようこそ
ここは古い京町屋のゲストハウス。
帰る場所をなくしたわたしは、新たな人生を歩み始める――。

朝比奈あすか――普通の子
美保は小学校に送り出したはずの一人息子が
まだ玄関にいることに気づき、言い知れぬ不安を覚える。

秋吉理香子――殺める女神の島
外見と内面の美を競い合うミスコンの最終審査。
この中で一番嘘つきの殺人犯は誰?

櫛木理宇――死蝋の匣
惨殺死体が暴く、ジュニアアイドル界の闇。
元家裁調査官・白石&刑事・和井田のコンビふたたび!

【読切】~秋の短編ミステリ特集!~
五十嵐律人――閉鎖官庁
官庁訪問で高校時代の同級生と再会した綾芽。
父親が雪山で遭難した事件の相談を受けるが……。

羽生飛鳥――盗賊小殿の種明かし
時は鎌倉時代。元・伝説の大盗賊が告白する、
難事件の真相とは。華麗なる歴史ミステリ。

【連載】
秋山寛貴(ハナコ)――人前に立つのは苦手だけど
阿津川辰海――バーニング・ダンサー
伊吹有喜――銀の神話
今村翔吾――天弾
恩田 陸――産土ヘイズ
垣根涼介――武田の金、毛利の銀
河崎秋子――銀色のステイヤー
新川帆立――目には目を
増田俊也――七帝柔道記II 立てる我が部ぞ力あり

【コラム】
告白します――金沢知樹「告白」
告白します――三本雅彦「ずるい大人になりました」

【記事】
Book Review「物語は。」吉田大助
――伊坂幸太郎『777 トリプルセブン』

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