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連載

「小説 野性時代」連載コラム「告白します」 vol.8

久永実木彦「呪われてフラメンコ」【連載コラム「告白します」】

「小説 野性時代」連載コラム「告白します」

最も旬で刺激的な物語が詰まった月刊文芸誌「小説 野性時代」より、コラム「告白します」を特別公開!
執筆者の個性が光る「告白」をお楽しみください。

(本記事は「小説 野性時代 2023年10月号」に掲載された内容を転載したものです)

久永実木彦「呪われてフラメンコ」
【連載コラム「告白します」】

 本ばかり読んでいる子供だった。
 幼稚園にはいる前から、外で遊ぶより家で本を読むほうが好きだった。
 お気に入りは『ドリトル先生』シリーズで、何度読みかえしたことかわからない。とくに読書家の家庭というわけではなかったと思う。家にある本は、ほとんどがわたしのためのものだった。わたしは母にねだったり、図書館に通ったりして本を読んだ。ときどき会う親戚たちからなにかほしいものはないかときかれると、決まって図書券と答えた。
 そんな幼年期のわたしだが、漫画はまったく読まなかった。興味がなかったわけではない。むしろ、くるおしいほどに漫画を欲していたのだが、母に禁止されていたのだ。それも「おまえはそればっかりになるから」という理由で。
 理不尽きわまる制限は、かえって渇望を強くする。買ってもらえないのなら、自分で描くまでのこと。わたしは無地のノートにせっせと漫画を描いた。容姿も言動も予言と異なるため村人たちに勇者と認められなかった青年が、予言を拡大解釈したり、改ざんしたりすることで魔王を倒し、ついには予言を超える英雄となる漫画。超能力に目覚めた少年が精神世界でアポロ宇宙船の意識と出会い、マシュマロを焼いて世界を崩壊させる漫画。そのほかいろいろ。
 健気さに母も胸を打たれたのだろう。小学校高学年になると、とつぜん漫画を買う許可がおりた。初めての一冊は桂正和先生の『ウイングマン』。あまりの画力と面白さにわたしは完全にのめりこんだ。中学にあがると同人活動をはじめ、高校では漫画研究部の部長になった。明けても暮れても漫画を読み、漫画を描いた。残った時間に小説を読み、小説を書いた。漫画家と小説家以外のものになるつもりはなかったので、大学四年生になっても就職活動なんてしなかった。――といいつつ、結局生活のために就職せざるを得ず、忙しさにかまけて創作から遠ざかってしまい、小説で賞をもらってデビューするまでかなりの時間を要してしまったわけだが。
 ときどき、「もう漫画は描かないんですか」ときかれることがある。「小説家のほうを選んだんですね」といわれることもある。告白すると、いまもこっそり漫画を描いているし、漫画家を目指してもいる。小説家になったのだから漫画家のほうはもういいか、とはならない。すべての保護者のみなさんに知っておいてほしいことだが、理不尽な縛りによってかけられた呪いは、そう簡単に解けない。呪われた子供たちはみな踊るのである。


漫画家を目指し続ける久永実木彦さんの、直筆イラストレーション。「オリジナルですが、『わたしたちの怪獣』のつかさとつかさが飼っていた猫といえなくもないです」とのこと。


プロフィール

久永実木彦(ひさなが・みきひこ)
東京都出身。2017年に「七十四秒の旋律と孤独」で第8回創元SF短編賞を受賞。受賞作を表題として20年に刊行した単行本は、デビュー作にして第42回日本SF大賞の最終候補作となった。続く22年に発表した短編「わたしたちの怪獣」は、第43回日本SF大賞の最終候補作となっている。愛妻家で愛猫(名前は、おやつ)家。

書籍紹介



わたしたちの怪獣(東京創元社刊)
著者 久永実木彦
発売日:2023年5月31日

わたしは踏みつぶされるかもしれない。ミサイルに焼かれるかもしれない。それでいい。一番の怪獣は、わたしなのだから――。
高校生のつかさが家に帰ると、妹が父を殺していた。テレビからは東京湾に怪獣が出現したというニュースが流れている。つかさは妹を守るため、父の死体を棄てに東京に行くことを思いつく──「わたしたちの怪獣」
伝説的な“Z級”映画の上映中、街にゾンビが出現。一癖も二癖もある観客たちは映画館内に籠城しようとするが――「『アタック・オブ・ザ・キラー・トマト』を観ながら」ほか、時間移動者の絶望を描く「びびび・びっぴぴ」、吸血鬼と孤独な女子高生の物語「夜の安らぎ」の全四編を収録。
『七十四秒の旋律と孤独』の著者が描きだす、現実と地続きの異界。
(あらすじ:東京創元社オフィシャルHPより引用)

掲載号紹介



小説 野性時代 第239号 2023年10月号
編 小説野性時代編集部
発売日:2023年09月25日
商品形態:電子専売

伝説の女優をめぐる物語を綴る伊吹有喜の新連載「銀の神話」、伊吹亜門の華麗なる暗号ミステリ短編「海軍不正講義」、綾崎隼がフィギュアスケートの天才少女を描く短期集中掲載「この銀盤を君と跳ぶ」後篇掲載!

【新連載】
伊吹有喜――銀の神話
華やかな芸能界でひときわ輝き、突如消えた伝説の女優。
圧倒的美貌に隠された、彼女の光と影とは?

【読切】
伊吹亜門――海軍不正講義
帝国海軍の若き探偵×不可解な汚職事件。
本格ミステリ界の旗手が仕掛ける、華麗なる暗号の謎!

【短期集中掲載】
綾崎 隼――この銀盤を君と跳ぶ
勝利の女神が微笑むのは、完璧な美か、限界への挑戦か。
天才少女二人の熱きフィギュアスケート物語、最終決戦!

【連載】
秋山寛貴(ハナコ)――人前に立つのは苦手だけど
阿津川辰海――バーニング・ダンサー
今村翔吾――天弾
垣根涼介――武田の金、毛利の銀
河崎秋子――銀色のステイヤー
新川帆立――目には目を
増田俊也――七帝柔道記II 立てる我が部ぞ力あり
森 絵都――デモクラシーのいろは

【コラム】
告白します――武石勝義「たけしのビミョーすぎる運動歴」
告白します――久永実木彦「呪われてフラメンコ」

【記事】
Book Review「物語は。」吉田大助
――朝霧 咲『どうしようもなく辛かったよ』

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