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連載

「小説 野性時代」連載コラム「告白します」 vol.5

寺嶌 曜「怪物のしもべ」【連載コラム「告白します」】

「小説 野性時代」連載コラム「告白します」

最も旬で刺激的な物語が詰まった月刊文芸誌「小説 野性時代」より、コラム「告白します」を特別公開!
執筆者の個性が光る「告白」をお楽しみください。

(本記事は「小説 野性時代 2023年9月号」に掲載された内容を転載したものです)

寺嶌 曜「怪物のしもべ」
【連載コラム「告白します」】

 小学校低学年の夏休み、家の裏手にある神社は子供のかっこうの遊び場だった。建物の広縁の下は砂地で、そこを探検するとえんすいの形をした窪みをたくさん見つけることができた。それは子供の間で〝ありごく〟と呼ばれていた。
 窪みに蟻が落ちると、底から獲物を引きずり込もうとする怪物のような生き物が現れる。図鑑で調べてみると、怪物の正体はウスバカゲロウの幼虫。成虫はトンボに似ていて蝶に似た触角があり、透明なはねでヒラヒラと舞うように空を飛ぶ。そんなはかなく美しい成虫に比べ、幼虫はつちくれのような身体と頭の先に二本のキバ状の大顎を持っている。怪物と呼ぶにふさわしい異形をしていた。
 私はその夏、怪物に魅せられた。まるで取り憑かれたように、せっせと蟻を捕まえては窪みに生きたまま投げ込んだ。さっきまで元気に動いていた蟻が怪物に捕まり、もだえ苦しみ、最後には体液を吸われて死んでいく。それを嬉々として見て、子供心に何かゾクゾクするものを感じていた。
 夏休みの宿題で図書室から芥川龍之介の『蜘蛛の糸』を借りた。主人公のカンダタが生前に蜘蛛を助けたことによりしやから地獄を抜け出すチャンスをもらう物語。私はそれを読んで恐くなった。怪物のしもべに成り下がった自分の死後には蟻地獄が待っている。芥川って偉い先生が言っているのだから間違いないと思った。
 それ以来、暑苦しい夏の夜にきまって同じ夢を見た。
 私がのんびり草原を歩いていると、石につまずき大きな窪みに落ちる。そこは砂地で、ひと踏みごとに足が埋まっていく。必死にあがき斜面を這い上がる。ようやくふちまで登りつめようとする手前で背中に砂をあびる。振り返って底を覗くと、あの怪物が現れて斜面を崩しはじめる。私はバランスを失って再び窪みの底へ転げ落ち、最後には大きな顎で足首を挟まれてゆっくりと砂の中に引きずり込まれてしまう。
 悪夢にうなされ、夜中に自分の叫び声で目が覚めたことが何度もあった。親にも言えなくて眠れない夜を過ごし、夏休みの朝の体操はいつも寝坊していた。
 スティーヴン・キングの『スタンド・バイ・ミー』、もとの『夏の庭 The Friends』など〝死〟を探すひと夏の少年達の物語を読むまでもない。どんな生き物も生まれてきたからには〝死〟から逃れることができない。その生命の絶対的なルールがある限り、多くの人が〝生〟の対極にある〝死〟に畏敬を感じ、興味を抱き、驚き、悲しみと苦しみに心を動かされる。
 この世界にはそんな〝死〟にまつわる様々な物語が生まれている。金貸しの老婆や病に倒れた薄幸の少女。幼い子供や老人、男と女、悪人から善人まで、人はそのひとつひとつの死に心を動かされて物語を読んでいる。
 今日も私はパソコンの前に座り、あの夏、あの怪物に取り憑かれた子供のように、せっせと〝生〟と〝死〟を拾い集め、物語の窪みに投げ込んでいる。

プロフィール

寺嶌 曜(てらしま・よう)
1958年大分県生まれ。グラフィックデザイナー。2022年に『キツネ狩り』で第9回新潮ミステリー大賞を受賞。

書籍紹介



キツネ狩り
著者 寺嶌 曜
発売日:2023年03月29日
出版社:新潮社

三年前のバイク事故で右眼を失明した警察官の尾崎冴子は、訪れた事故現場でその一部始終を目撃する。以来、尾崎の右眼は三年前の光景を映すようになった。それを知った署長の深澤は尾崎の信頼する弓削警部補と共に、未解決一家四人殺害事件の再捜査に乗り出すが――選考委員全会一致の第9回新潮ミステリー大賞受賞作。
(あらすじ:新潮社オフィシャルHPより引用)

掲載号紹介



小説 野性時代 第238号 2023年9月号
編 小説野性時代編集部
発売日:2023年08月25日
商品形態:電子専売

綾崎隼がフィギュアスケートの天才少女たちを描く短期集中掲載「この銀盤を君と跳ぶ」前篇、ブレイディみかこによる自伝的読切シリーズ新章「失われたセキュリティーを求めて」登場!

【短期集中掲載】
綾崎 隼――この銀盤を君と跳ぶ
フィギュアスケート史を変える二人の天才少女。
ただ一つの五輪出場枠をかけて、運命の戦いが始まる!

【読切】
ブレイディみかこ――失われたセキュリティーを求めて 私労働小説―ザ・シット・ジョブ―
スーパー店員にも、理不尽を返す自由はある。
自伝的読切シリーズ、新編開幕!

【連載】
青山文平――父がしたこと
秋山寛貴(ハナコ)――人前に立つのは苦手だけど
阿津川辰海――バーニング・ダンサー
今村翔吾――天弾
恩田 陸――産土ヘイズ
垣根涼介――武田の金、毛利の銀
河崎秋子――銀色のステイヤー
新川帆立――目には目を
中山七里――こちら空港警察
増田俊也――七帝柔道記II 立てる我が部ぞ力あり

【コラム】
告白します――くわがきあゆ「友達がいない」
私の黒歴史――櫻田智也「自惚れ」
告白します――寺嶌 曜「怪物のしもべ」

【記事】
Book Review「物語は。」吉田大助
――蝉谷めぐ実『化け者手本』

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