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連載

「小説 野性時代」連載コラム「告白します」 vol.4

青波 杏「ニューヨーク、零下六度」【連載コラム「告白します」】

「小説 野性時代」連載コラム「告白します」

最も旬で刺激的な物語が詰まった月刊文芸誌「小説 野性時代」より、コラム「告白します」を特別公開!
執筆者の個性が光る「告白」をお楽しみください。

(本記事は「小説 野性時代 2023年7月号」に掲載された内容を転載したものです)

青波 杏「ニューヨーク、零下六度」
【連載コラム「告白します」】

 野宿をしたことがある。新宿で終電を逃して、というと、そんなことか、となるけれど、真冬のニューヨーク、と書くと急に物語めいてくるからふしぎだ。
 わたしは二二才だった。オハイオでの短い留学を終えて西海岸に向かう前に、ニューヨークにいる高校時代の友だちと会う約束をしていた。凍えるような風が吹き抜けていく地下鉄の階段の途中で待っていると、見知らぬ女の子が近づいてきて「マリコ、来られないって」といった。その言葉をきいた瞬間、かすかな高揚感を覚えた。宿のあてもなく、知る人もいない。けれど自由な時間はある。
 一二月三一日の夕方、地下鉄の地上出口は突如開いた地獄の門のように、タイムズスクエアに人間を吐きだし続けていた。映画館で二時間ほど過ごし、外にでると、もうあたりは真っ暗で、大きな盾を持った警官が交通整理を始めている。とけた雪がバス停の屋根に氷柱つららをつくっていた。
 ふとだれかの声がききたくなって、銀色の公衆電話でボルチモアに住むタイ系アメリカ人の友だちに電話をかける。かの女はあと数日で、サンフランシスコにいくという。また西でね、と伝えて電話を切った。零下の風に震えながら、西海岸の暖かい太陽を夢みる―まるで『カリフォルニア物語』のイーヴのようだ。
 大通りを歩き始めてすぐに人波で身動きがとれなくなった。ヘリコプターのブレードの騒々しい音に包まれて、どこからか紙吹雪が舞い降りてくる。小さな子どもがおもちゃのラッパを吹き鳴らす音をきいたとき、カウントダウンが終わったのだと気がついた。
 ほんとうの夜が始まったのはそれからだ。人々がそれぞれの居場所に戻るなかで、コーヒースタンドで一ドルのコーヒーを買う。「ハッピーニューイヤー」と声をかける。返事はない。冷え切ったコーヒーを握りしめて、放浪の末に長距離バスターミナルに辿り着いた。 
 深夜のバスを待つ若者や、行き場のなさそうな野宿者が床に座り込んでいる。厚手のコートにくるまって、冷たいコンクリートの床に横になった。紙吹雪やビルの上のスクリーンを見上げていたときは見えていなかった、都市の貧困が目に飛び込んでくる。煙草の燃えかすと埃のにおいのなかで目を閉じたけれど、いつまでたっても眠りは訪れなかった。一睡もできないまま、人もまばらな地下鉄に、眠るためだけに乗り込んだ。
 地下鉄の階段を上って、コニーアイランドの低くたれ込めた雲の下、灰色に輝く海を見たとき、やっと夜が明けたように感じた。

プロフィール

青波 杏(あおなみ・あん)
1976年東京都国立市生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。2022年に「楊花ヤンファの歌」(「亜熱帯はたそがれて――廈門、コロニアル幻夢譚」を改題)で第35回小説すばる新人賞を受賞。

書籍紹介



楊花ヤンファの歌
著者 青波 杏
定価: 1,760円 (本体1,600円+税)
発売日:2023年02月24日
出版社:集英社

1941年、日本占領下の福建省廈門。
大阪松島遊廓から逃走して、上海、広州、香港と渡り歩き、廈門に辿り着いたリリーは、抗日活動家の楊に従い、カフェーで女給として働きながら諜報活動をしていた。あるとき、楊から日本軍諜報員の暗殺を指示され、その実行者として、琥珀色の瞳と蛇の刺青が印象的なヤンファという女性を紹介される。
中秋節の晩をきっかけに強くヤンファに惹かれていくリリーにとって、彼女と過ごす時間だけが生への実感を持てるひとときになっていた。
しかし、楊から秘密裏に出されていた指令は、暗殺に失敗した場合はヤンファを殺せというものだった……。
戦時下の中国・廈門を舞台に流転する女性たちの愛と葛藤を描く、圧巻の熱量を放つ第35回小説すばる新人賞受賞作。
(あらすじ:集英社オフィシャルHPより引用)

掲載号紹介



小説 野性時代 第236号 2023年7月号
編 小説野性時代編集部
希望小売価格:385円(本体350円+税)
発売日:2023年06月25日
商品形態:電子専売

森絵都、青山文平、阿津川辰海という超豪華新連載3本がスタート! 宮内悠介、前川ほまれ、五十嵐律人の珠玉の読切も3本掲載! そして第43回横溝正史ミステリ&ホラー大賞の結果発表!

【新連載】
森絵都――デモクラシーのいろは
一九四六年十一月、"民主主義のレッスン"が彼女たちの世界をひらく。
『みかづき』『カラフル』の名手が綴る、新たな青春成長小説。

青山文平――父がしたこと
秘密裏に告げられた御藩主の御病状。
失敗の許されない手術を引き受けた医師は、息子の命の恩人だった――。

阿津川辰海――バーニング・ダンサー
全世界で百人の能力者――「コトダマ遣い」。
特殊設定ミステリの気鋭が贈る、能力者vs.能力者の警察小説!

【読切】
宮内悠介――手と手のぶつかる距離
ビオラの音色から始まった謎。
少年たちの二重奏が織りなす軽やかで温かい青春ミステリ。

前川ほまれ――二人のエックス
休職を経てストレスケア病棟に異動した看護師の倉木。
ここには、ジェンダー外来で有名な先生がいる。

五十嵐律人――今際言伝
「同一日付の遺言書」に「逆さまの天使」。
無法律がダイイングメッセージの謎に挑む!

【結果発表】
第43回 横溝正史ミステリ&ホラー大賞

【短期集中掲載】
木下昌輝――剣、花に殉ず

【連載】
赤川次郎――余白の迷路
秋山寛貴(ハナコ)――人前に立つのは苦手だけど
今村翔吾――天弾
恩田 陸――産土ヘイズ
垣根涼介――武田の金、毛利の銀
河崎秋子――銀色のステイヤー
新川帆立――目には目を
中山七里――こちら空港警察
増田俊也――七帝柔道記II 立てる我が部ぞ力あり

【コラム】
告白します――浅野皓生「告白の告白」
告白します――青波 杏「ニューヨーク、零下六度」

【記事】
Book Review「物語は。」吉田大助
――朝倉宏景『サクラの守る街』

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