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連載

「小説 野性時代」連載コラム「告白します」 vol.20

【連載コラム「告白します」】城戸川りょう「モノリンガルな商社マン」

「小説 野性時代」連載コラム「告白します」

最も旬で刺激的な物語が詰まった月刊文芸誌「小説 野性時代」より、コラム「告白します」を特別公開!
執筆者の個性が光る「告白」をお楽しみください。

(本記事は「小説 野性時代 2025年9月号」に掲載された内容を転載したものです)

城戸川りょう「モノリンガルな商社マン」
【連載コラム「告白します」】

「商社って海外とのお仕事も多いから、英語ペラペラじゃなきゃダメなんですよね?」
 不安げな表情の就活生から語学に関する質問を受ける時、現役商社マンである私は満面の笑みでこう返す。
「もちろん話せた方が良いけどさ、結局大事なのは熱い気持ちだから! ノープロブレム!」
 この答えで満足してくれる素直で良い子は一割くらい。残りは「そういう精神論が聞きたいわけじゃないんですけど」といういぶかしげな顔をするが、勘弁してほしい。小説の中では噓ばかりついているのだから、せめて現実世界では正直に生きていたいのだ。

 告白します。実は私、英語が話せません。
 メイン言語は日本語とボディランゲージ。それから申し訳程度の中学英語を少々。幸か不幸か、「熱い気持ち」頼みのコミュニケーション一本槍で十年以上も乗り切れて、ここまで生き延びてしまっていた。
 自動翻訳アプリが世に出た時には、開発者に心の底から感謝した。早速アメリカ人との会議後の議事録作成で使ってみたら、相手の言っていることが分かる分かる。あまりに完璧な翻訳ですっかり安心した私には、「なんか数箇所、日本語訳が支離滅裂な部分がありますね。AIもまだまだっすねぇ〜」と先輩に笑いかける余裕すらあった。「その支離滅裂なの、全部お前が発言したところだけどな」という先輩の有難いご指摘がくるまでの、実に短い栄華ではあったが。
 当然、アプリが使えない状況もある。何気ない会話で急に英語が出てきた時がそうだ。優秀で気の良い帰国子女の同僚がいるのだが、唯一の難点として、雑談が盛り上がってテンションMAXになるとめちゃくちゃ早口で流暢な英語になってしまう。申し訳ないことに、恐らく私は彼女の話の「サビ」部分だけ全く聞き取れていない。私がとりあえず「それはすごいねぇ」しか言わなくなったら、理解を諦めた合図だと思ってほしい。相手が喜んでいる時にも怒っている時にも使える「すごい」は本当にすごい。やっぱり日本語は便利ですごい。

 私がこうしてあけすけに語れているのも、今ではすっかり苦手な英語を克服できているからだ。だが、自分の主張を変えるつもりはない。語学はツールであって、大事なのは何を伝えたいかである。
 結局大事なのは熱い気持ちだ。不安げな就活生が目の前に現れるたび、私は笑顔を作りカタコトの英語で「ノープロブレム!」と返していきたいと思う。

 ……すみません、一つだけ噓をつきました。告白します。実はまだ……。

プロフィール

城戸川りょう(きどかわ・りょう)
1992年、山形県生まれ。山形県立山形東高校卒業。東京大学経済学部卒業。商社勤務。2025年3月、『高宮麻綾の引継書』(文藝春秋)でデビュー。

書籍紹介



書名:高宮麻綾の引継書(文藝春秋)
著者:城戸川りょう
発売日:2025年03月06日

商社勤務三年目の社員・高宮麻綾の手がけた新規事業が親会社に潰され、その理由とされる「リスク回避」について調査に乗り出すというビジネス×痛快ミステリー。第31回松本清張賞で次点となったが、あまりの面白さに刊行すべきという声が相次ぎ、発売に至った。

掲載号紹介



書名:小説 野性時代 第261号 2025年9月号
編:小説野性時代編集部
発売日:2025年08月25日
商品形態:電子専売

青柳碧人さん「漱石を巡る五人の名探偵」、東畑開人さん「ミドル・エイジ・ビギンズ」――ふたつの大型連載スタート! 降田天さん「狩野雷太シリーズ」新作も掲載の豪華9月号!

【新連載】
青柳碧人――漱石を巡る五人の名探偵
漱石の葬儀で、芥川龍之介は芳名帳に不思議な名前を見つけて――。
文豪の謎を文豪が追う、軽快なる歴史ミステリー開幕。

東畑開人――ミドル・エイジ・ビギンズ
臨床心理士による「中年期」をめぐる対談連載がスタート!
ゲスト・尾崎世界観「閉店セールは続く」

【読切】
降田天――帰り道
日本推理作家協会賞受賞・狩野雷太シリーズ待望の新作!
「落としの狩野」が、母と娘の真実に迫る――。

【最終回】
阿津川辰海――デッドマンズ・チェア
コトダマ遣いに、仲間を人質に取られた――。
能力者vs. 能力者の警察小説シリーズ第2弾!

森沢明夫――ハレーション
拓海は風太に、あの日の真実を告げられるか――?
いま万感の思いとともに、海上運動会が始まる。

【連載】
安部若菜――描いた未来に君はいない 
伊岡瞬――獲物
伊吹有喜――銀の神話
恩田陸――産土ヘイズ
神永学――怪盗探偵山猫 楽園の蛇
今野敏――百鬼 
蝉谷めぐ実――見えるか保己一
群ようこ――暮らしはつづく
米澤穂信(著者)/星野源(写真)――石の刃

【コラム】
青山ヱリ「眼の中で死なれた夏」
城戸川りょう「モノリンガルな商社マン」

【書評】
Book Review 物語は。 吉田大助
笹原千波『風になるにはまだ』

【新人賞】
第17回 小説 野性時代 新人賞 応募要項
第46回 横溝正史ミステリ&ホラー大賞 応募要項

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322502000318/
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