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連載

「小説 野性時代」連載コラム「告白します」 vol.21

【連載コラム「告白します」】朝宮 夕「正体」

「小説 野性時代」連載コラム「告白します」

最も旬で刺激的な物語が詰まった月刊文芸誌「小説 野性時代」より、コラム「告白します」を特別公開!
執筆者の個性が光る「告白」をお楽しみください。

(本記事は「小説 野性時代 2025年10月号」に掲載された内容を転載したものです)

朝宮 夕「正体」
【連載コラム「告白します」】

 初めて小説を書き、公募に応募し、新人賞を受賞して、著書『アフターブルー』が刊行された。この事実をまだ、私は誰にも伝えていない。つまり、家族や親兄弟、友人知人に、私が『朝宮夕』だと知る者は誰もいない。
 意図してこうなったわけじゃない。完全に言うタイミングを逃した。
 受賞の連絡をもらったとき、誰かに言いたい衝動に駆られたが、「人生何があるかわからない」がモットーの私はぐっとこらえた。もしかしたら受賞は何かの間違いかもしれないから、誌面で正式に発表されてからにしよう。発表されたけど改稿が終わらないかもしれないから、やっぱり脱稿したらにしよう。いや、もしかしたら何かトラブルが起きて発売されない可能性もあるから、無事に刊行されたら……。気が付いたら、誰にも言わないまま書店に自分の本が並んでいた。
 私は昔から、自分のことを話すのが苦手だ。食べたいものも、行きたい場所も、進路も夢も全部「なんでもいい」で乗り切ってきた。趣味や推しも言えない、映画やライブには一人で行く。たとえ誰かと行っても、感想は共有しない。幼少期には人並みにあった自己主張も、大人になるにつれて優柔不断の秘密主義へと変貌を遂げた。
 そんな私が、今更どんな顔をして身内に「小説を書いてます」と言えばいいのかわからず、今日の今日まで打ち明けられていない。さりげなく目の前で本を読んで「これ、私が書いた本」と言ってみようかとか、夕飯を食べながら「そういえば、新人賞を取ったんだ」と今日あった出来事のようにさらっと言ってみようかとか、何パターンも考えては没にした。そもそも、私の周りに小説を読む人がいないので、言ったところで作品を読んでくれるとも思えない。
『朝宮夕』としての正体も生まれ年と出身地しか明かしていないので、ここでひとつだけ告白すると、私には小学生の息子がいる。その息子が先日、読書感想文を書くために初めて文字中心の児童文学を購入した。普段はなぞなぞ本や学習漫画を読んでいて、将来は漫画家になりたいと言って自作漫画を描いているような子だ。果たして文字ばかりの本をお気に召すだろうかとそわそわしていたが、読後の感想は「おれも小説を書きたい」だった。私は飲んでいた麦茶を噴いた。
 いつか息子に、胸を張って自分の本を差し出せる日がくるだろうか。
 とりあえず、誰かが『朝宮夕』の正体に気付くまで、私からは明かさないでおこうと思う。

プロフィール

朝宮 夕(あさみや・ゆう)
1991年、神奈川県横浜市生まれ。初執筆の小説「薄明のさきに」(単行本化に際し『アフターブルー』に改題)で第19回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。

書籍紹介



書名:アフターブルー(講談社)
著者:朝宮 夕
発売日:2025年07月16日

納棺師、遺品整理士、生花装飾技能士……葬儀関係のプロ集団「株式会社C・F・C」。とりわけ損傷の激しい遺体を専門に扱う「二課」は、無残な状態から生前の面影を復元するのがミッション。事故、事件、自殺――二課には毎日のように遺体が運ばれてくる。入学式を明後日に控え線路に正座していた少年、ゴミ屋敷で餓死した男性、幼い我が子を残して事故に遭った母親、飛び降りる瞬間を動画配信していた少女――
二課の納棺師たちはその手で、失われた生前のおもかげを復元していく。

掲載号紹介



書名:小説 野性時代 第262号 2025年10月号
編:小説野性時代編集部
発売日:2025年09月25日
商品形態:電子専売

ミステリで新しい挑戦を続ける相沢沙呼さん、似鳥鶏さんの読切掲載! 最終回を迎えた「イオラのことを誰も知らない」「青のナースシューズ」、その結末は!? 秋の夜長にふさわしい最新10月号!

【読切】
相沢沙呼――昇る遺体
兄が殺人事件の参考人として警察に!?
妹の藍莉は名探偵・暁玄十朗とともに謎に挑む!
鮮やかな謎解きが光る、待望の新作ミステリ登場!

似鳥鶏――残されたフィーネ
小説家が執筆の「効率化」のために用いた前代未聞の方法とは――?
ルール無用の実験小説集『小説の小説』シリーズ、新作読切!

【最終回】
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家族か、学業か。いよいよ最終学年に進級した成道に
過去最大の危機が……。感涙必至のラスト!

【連載】
安部若菜――描いた未来に君はいない 
伊岡瞬――獲物
伊吹有喜――銀の神話
恩田陸――産土ヘイズ
神永学――怪盗探偵山猫 楽園の蛇
今野敏――百鬼
砂原浩太朗――踊る狐 
群ようこ――暮らしはつづく

【コラム】
明里桜良「山椒魚」
朝宮夕「正体」

【書評】
Book Review 物語は。 吉田大助
外山 薫・行成 薫・岩井圭也・似鳥 鶏・石持浅海・河邉 徹・カツセマサヒコ『パパたちの肖像』

【新人賞】
第46回 横溝正史ミステリ&ホラー大賞 応募要項

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