【連載コラム「告白します」】青山ヱリ「眼の中で死なれた夏」
「小説 野性時代」連載コラム「告白します」

最も旬で刺激的な物語が詰まった月刊文芸誌「小説 野性時代」より、コラム「告白します」を特別公開!
執筆者の個性が光る「告白」をお楽しみください。
(本記事は「小説 野性時代 2025年9月号」に掲載された内容を転載したものです)
青山ヱリ「眼の中で死なれた夏」
【連載コラム「告白します」】
わたしの右目の眼底には、寄生虫の死骸がある。
「眼底」という言葉が、どの部分を指すのかを正確には知らない。角膜や水晶体を通った光が屈折して焦点を結ぶ、眼球の内壁である網膜に、干からびた線形動物が張り付いている様を何となく想像している。
寄生虫を迎え入れたのは、十八歳のときだった。
縦書きの文章を読むと乗り物酔いを起こすようになり、それは視線の動きに合わせて文字が波打っているからだと気がついた。目の動きを止めてみると、注視している文字が、列から数ミリずれている。近所の眼科では原因が分からず、紹介された大きな病院に行くと、ジェルのたっぷりついたレンズを直接眼球に押し付けるという最悪な検査の末に「虫がいますね」と告げられた。
「そんなことある?」と思ったら、医者まで同じようなことを言い出した。
前例がないので治療方法が分からないと説明され、時間をくださいと言われて帰宅した。失明する可能性もある、という医者の言葉に「でも片目は残るから」と反射的に自分を励ましたものの、ものすごく憂鬱だった。当たり前だと思っていた機能を一部失うかも知れないショック。というかそもそも、目の中に虫がいるというショック。わたしは虫が苦手である。文字の波打ち方が変化するたび「最悪や、生きてる」と青ざめ、ほじくり出した眼球を窓外にぶち投げたい衝動に駆られ、最終的に「好きになれたら良いのに」という謎の虚無も味わった。
その翌日。
「目に寄生虫いるんだ」と友人に打ち明けたら爆笑された。
いつも適当なことばかり話しているので、ネタだと思われたらしい。心底ウケている友人の顔を見て、自分だけ深刻であることが強烈に恥ずかしくなってきた。虚無を
不安をきちんと伝えたら当然、真面目に聞いてくれたと思う。
そんなことを書き添えた上で、今更ながら「あれ、ほんまやってん」と、あのときの友人に告白する。
ちなみに眼底の寄生虫は、試しに服用した虫下しであっけなく死に、見え方は完治しなかったけれど治療はそれで終了した。あれから二十年が経ち、死骸的なものが無い方の目も、視界がイマイチになっている。「右目の」と書いたけれど左目だったかも知れない。実は右だか左だか忘れてしまった。ということも、併せてここに告白する。
プロフィール
青山ヱリ(あおやま・えり)
1985年生まれ。大阪府出身。創作大賞2024(note主催)にて朝日新聞出版賞を受賞。
書籍紹介
書名:あなたの四月を知らないから(朝日新聞出版)
著者:青山ヱリ
発売日:2025年4月18日
恋人もおらず仕事も冴えない三十九歳の由鶴の支えは一千万円の貯金だけ。家族から家の購入を勧められる中、片思い中の“宇治”とは3月で会えなくなることを知り……。恋・お金・家、彼女が選ぶ人生とは。創作大賞2024(note主催)朝日新聞出版賞受賞作。
掲載号紹介
書名:小説 野性時代 第261号 2025年9月号
編:小説野性時代編集部
発売日:2025年08月25日
商品形態:電子専売
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群ようこ――暮らしはつづく
米澤穂信(著者)/星野源(写真)――石の刃
【コラム】
青山ヱリ「眼の中で死なれた夏」
城戸川りょう「モノリンガルな商社マン」
【書評】
Book Review 物語は。 吉田大助
笹原千波『風になるにはまだ』
【新人賞】
第17回 小説 野性時代 新人賞 応募要項
第46回 横溝正史ミステリ&ホラー大賞 応募要項
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