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連載

民王 シベリアの陰謀 vol.5

【池井戸潤『民王』待望の続編】ついに新作が始動! 「ウイルスとの戦いは戦争です」泰山は対策に乗り出すが……。『民王 シベリアの陰謀』#3

民王 シベリアの陰謀

あの「民王」が帰ってきた!
新作『民王 シベリアの陰謀』がいよいよ始動! 9月28日発売の単行本に先がけて、前作のプロローグ試し読みに続き、冒頭部分を4回に分けて特別掲載します。

『民王 シベリアの陰謀』#3

     4

 閣僚全員の「陰性」──感染なしが確認されたのは、その日夕方のことである。
「足下は固まったな。問題はこれからだ」
 官邸にある執務室で、泰山が報告にきたカリヤンにつぶやいたとき、ノックとともにれたスーツ姿の男が現れた。
「先生、東京感染症研究所長のじりけん先生です」
 事前に貝原から知らされたプロフィールによると、知る人ぞ知る感染業界の──そんな業界があるかは不明だが──たいらしい。
 招かれ、テーブルの向こう側にかけた根尻は銀髪に黒縁メガネ。鋭い眼光を放つ、五十代とおぼしき研究者であった。
「手短に要件のみお話しします」
 着席すると同時に、根尻が語り出した。「高西大臣の事務所の皆さんを検査したところ、残念ながら二名の感染が確認されました」
「新たな感染者が出たのか」
「こうなると、感染が広がっていく可能性が高いでしょう」
 そのひと言に泰山は眉間の皺を深くし、深刻な表情になる。
「いま政府として何が求められていますか、先生」
「火事とウイルスは最初の消火活動が肝心です、総理。まず、高西大臣の接触者全員を、突き止める必要がある。確認された感染者以外にも、感染している人がいる可能性があります。たとえば、高西大臣のパーティ参加者などは要注意です。おそらく、握手などされた方も多いはずですし、まつ感染の疑いもある」
「すぐに確認させます。他には」泰山はきいた。
「感染源の特定が重要です」
 根尻は鋭い眼光を放っていった。「ウイルスの宿主が何で、どういう経路で感染したのか。そのために高西大臣の行動を探れるだけ探っていただきたい」
「手配します」泰山が目配せすると、すぐに貝原がどこかに電話をかけ始めた。
「それともうひとつ、このウイルスの潜伏期間が問題です」
 根尻は加えた。「世界の十分の一が亡くなったといわれる天然痘の潜伏期間は七日から十六日、二〇〇二年ごろ流行した重症急性呼吸器症候群(SARS)の潜伏期間は二日から十日、中東呼吸器症候群(MERS)の潜伏期間は、二日から十四日。エボラ出血熱の潜伏期間は二日から二十一日です。インフルエンザの潜伏期間は、一日から四日と短いのが特徴です。潜伏期間の長いものになると、エイズなどは半年から十五年以上といわれていますが、今回の場合は除外していいでしょう。仮に三週間の潜伏期間があったとして、この間の高西大臣の行動ルートを確認してください。どこかで感染したはずです。感染源の特定は、対策を講ずる上で非常に重要な要素になります」
「なるほど」泰山は頷いた。
「国民に注意を呼びかけてください、総理」
 根尻は、ぐいと体を乗り出した。「微熱が出たり、突如錯乱したりする人はすぐさま保健所に連絡し、人と接触しないこと」
「心得ました」
 泰山はいい、気になっていたことを聞いた。「ワクチンについてはどうですか」
「ワクチンができるかどうかは現段階では未定です。できないこともあります。できたとしても、五年や十年ぐらいの時間はかかると考えた方がいいでしょう」
「そんなにかかるんですか」
 思わず、泰山はきいた。「その間に、感染が広がってしまったら──」
「ウイルスとの戦いは戦争です」
 根尻は、まなじりを決して訴えた。「この水際で敵の上陸を防がねばなりません。それに失敗すれば、我が国はの大混乱に見舞われることになりかねません」
「た、泰さん──」
 狩屋が頰を震わせている。
「カリヤン、すぐに会見の準備をしてくれ」
 決意の表情を浮かべて、泰山はいった。「オレから直接、国民に話そう──先生、ありがとうございました」
 根尻に礼をいい、いま泰山は静かにめいもくしたのであった。

     5

「国民の皆さんにご報告とお願いがございます。昨日、都内ホテルで高西麗子環境大臣が体調を崩して入院、その後の検査により、高西大臣は未知のウイルスに感染していることが判明いたしました。
 担当医の説明によりますと、いまだ意識の混濁が見られ集中治療室での観察下にあるとのことです。当面の間、環境副大臣に、環境大臣の代理として職務にあたるよう、先ほど指示をいたしました。
 いまだ発見されたことのない、潜伏期間も症状も、治るかどうかもわからない未知のウイルスの感染者が見つかったことに驚愕するとともに、大変な危機感をもって対応に当たる覚悟をいたした次第であります。
 まずは先ほど、東京感染症研究所の根尻賢太教授をリーダーとする感染症対策チームの設置を指示いたしました。
 また、私も含めまして、官邸、各省関係者、議員など、高西大臣と濃厚接触した者が全員、速やかに感染の有無を検査したところ、高西大臣の事務所関係者二名の感染が新たに確認され、きゆうきよ準備した感染者用の施設に緊急入院し、経過を観察しております。
 今後、高西大臣のパーティ参加者、事務所関係者の家族、接触のあった近隣住人にまで検査を拡大し、水際での対策を進めて参りますが、ウイルスの感染源、潜伏期間、発症時の症状など不明な点も多く、現時点でワクチンも治療薬も存在しないという極めて困難な状況に直面しております。
 現在得ている情報によると、新たな感染者は電車で通勤していたことがわかっており、この後、路線と時間帯などの情報を公開いたします。当該路線、地域にお住まいの方で、微熱などの疑わしい症状のある方は、速やかに保健所へご連絡いただきますようお願いします。
 ウイルスの感染が拡大してしまえば、ワクチンや治療薬が開発されるまでの間、国民の皆さんの生活、経済活動に未曾有の混乱が生じる可能性があります。
 事態を早期に収拾できるかどうかは、皆さんの意識と行動にかかっています。
 皆さんにはマスクを着用していただき、手洗いや消毒の徹底、人が密集した場所を避けるといった行動を取っていただきますようお願い申し上げます。
 私たちの力で、この社会をウイルスの脅威から救いましょう。いまこそ、国民がひとつになるときです」

(つづく)

作品紹介『民王 シベリアの陰謀』



民王 シベリアの陰謀
著者 池井戸 潤
定価: 1,760円(本体1,600円+税)

書籍はこちらからどうぞ
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待望の続編、池井戸潤『民王 シベリアの陰謀』特設ページ公開中



▼池井戸潤『民王 シベリアの陰謀』特設ページはこちら 
https://kadobun.jp/special/tamiou_siberia/


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