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連載

民王 シベリアの陰謀 vol.6

【池井戸潤『民王』待望の続編】ついに新作が始動! ウイルスによって大混乱に陥った政局。泰山は感染源の特定を急ぐ。『民王 シベリアの陰謀』#4

民王 シベリアの陰謀

あの「民王」が帰ってきた!
新作『民王 シベリアの陰謀』がいよいよ始動! 9月28日発売の単行本に先がけて、前作のプロローグ試し読みに続き、冒頭部分を4回に分けて特別掲載します。

『民王 シベリアの陰謀』#4

     6

「どうもムノー内閣。あ、失礼。武藤内閣のいってることは納得できんね」
 泰山が国民に感染対策のお願いを訴えた会見から数時間して、テレビでは新たな記者会見が中継されていた。
 なか寿じゆろう東京都知事による、緊急会見である。
「だいたいやねえ、国民の生活を守るべき大臣が真っ先にウイルスに感染した挙げ句、国民の皆さんに感染させるっちゅうのは、どうなの? 責任問題はどうなってるのかね。まずは国民に謝罪するのがスジやで。頭の中を見てみたいわ、ムノー総理の。あ、失敬、武藤総理や」
 都庁で会見している小中は、いつものようにパイプ片手に、ふんぞりかえって会見場のテーブルに両足を乗せていた。
「一国の大臣が見たことも聞いたこともないウイルスを複数の国民に感染させたんや。前代未聞の大失態ですわ。それだけでも大臣失格やね。その程度の内閣っちゅうことやな」
 小中の前職は、歯にきぬ着せぬ政治評論家であった。都知事になったいまも、ぜつぽうの鋭さは評論家時代と同じである。
 小中は、テレビ画面の向こうから挑むような眼差しを向けてきた。「高西麗子を大臣に任命したんは、武藤総理でっせ。つまりこれは総理の責任や。そのことをまずはっきり言わせてもらうわ」
「小中の野郎……」
 執務室でテレビを一緒に見ていた狩屋は、ぎしぎしと床のきしむような音にあたりを見回した。旧官邸に出るといわれている軍人の幽霊が出たのかと思いきや、それは隣にいる泰山の歯ぎしりの音なのであった。「こんなのが東京都知事とは、世も末だな、カリヤン」
 この一月、政治評論家の小中寿太郎がとつじよ都知事選への立候補を表明したときは、取るに足らないほうまつ候補と目されていた。
 ところが──である。
 まず、本命と目されていた元タレントのなんさぶろうが不倫の発覚で脱落。次に、世論調査で二番手だった元衆議院議員のけんろうが女性蔑視の失言で人気急落。「二度あることは三度ある」で、三番手につけていたお笑いタレントもとは週刊潮流に新興宗教教祖との深い関わりが暴露されて自ら立候補を取り下げた。
 かくして、四番手に控えていた小中寿太郎がにわかに脚光を浴び、あれよあれよという間に当選してしまったというのが、今回の都知事選の経緯であった。
「東京都民は、ウイルス拡散の被害者や。我々は我々の手で我々の身を守りまっせ。そのために、東京都オリジナルのウイルス対策を講じることにしました。ひとーつ」
 小中は時代劇の主人公のようになまっちょろい指をひとつ立てた。「本日からレインボーブリッジを緑色にライトアップします。綺麗でっせえ」
「そんなもんが対策か」
 泰山は啞然とした。「ただのパフォーマンスじゃねえか」
「ふたーつ」
 小中は続ける。「都民の皆さん全員にマスクを配布します。ただのマスクやないですよ。この私、小中寿太郎の似顔絵付きのマスクです。プレミアつきまっせ」
「つくか、バカ」
 泰山は呆れた。さらに小中は続ける。
「ウイルスにかかった方にはお見舞いとして、宝くじ三万円分を差し上げます。わざわいを転じて福となす。三億円とうせんするかもしれへんで」
「小中の奴、ウイルスを利用して売名してるだけですよ、泰さん」
 さすがの狩屋も憤然としている。
「でも、SNSでの評判はいいみたいですね」
 冷水を浴びせかけるように貝原がいった。
「マジか」
 悔しそうに、泰山が顔を歪める。
「残念ながら昨日の先生の演説よりウケてます。あれはカタ過ぎるって不評でしたから」
「こいつはやわらか過ぎだろ」
 泰山が反論する。
「やっぱり国民はモノやカネをもらわないと納得しないんですよ」
「くそったれが」
 泰山が毒づいたとき、ノックとともに新たな客がふたり入室してきた。ひとりは黒ずくめのスーツに派手な赤いネクタイ、エナメル靴を履いたせた男である。かつて泰山が見舞われたテロ事件での活躍が認められ、フリーパスで泰山と接見できる唯一の公安刑事、につおさむだ。階級は警視。趣味はチェロ。よくわからない男である。その新田は、感染症対策チームの根尻博士と一緒であった。
「公安新田。ただいま参上いたしました」
 直立不動で敬礼した新田に、「おお、来たか新田君。まあ座れ。先生もどうぞ」、と泰山は椅子を勧める。
「これをどうぞ」
 挨拶もそこそこ、新田が広げた分厚い資料は、この三週間に高西が面談した相手と場所、移動ルートに関するレポートであった。ウイルスの感染源を突き止めるため、密かに泰山が放ったのがこの新田だったのである。
「感染源になるようなものはあったか」
「二週間前、ロシアで開かれた国際会議に出席されています。その行程のどこかで感染した可能性が考えられます」
「ロシア?」
 そのひと言に、泰山はふと目を細くして新田を見た。「──根拠はあるのか」
「高西大臣の行動範囲を勘案するに、このウイルスが国内にあったとは考えにくいのです」
 話を継いだのは根尻教授である。「実は新田刑事の報告をきいて、以前シベリアのどこかで似たような症状のウイルスが出たという話を思い出したんですが──」
 泰山は思わず、身を乗り出した。
「いったいそれはどこで?」
「それがいまひとつ記憶が判然としないんです。論文であれば記録が残っているはずですがデータベースにはありませんでした。私もこの道は長いので、研究者同士の噂話程度のものだった気がします」
 苦悩を滲ませた根尻は本題に戻り、「そんなわけでロシア由来のものであれば納得できる。可能性としては高いでしょう。ただ、ひとつ疑問もある」
 自分を見つめている泰山らに視線を滑らせた。「WHOにも確認しましたが、国際会議に出席した各国参加者の中に、このウイルスに感染したとおぼしき人物は見当たりません。実際、高西大臣に随行した環境省職員五人の体調も良好で、検査でも陰性との結果が出ています」
「それはつまり、マドンナだけがウイルスに感染したってことですか」
 狩屋の質問に、「どうやら、そのようです」、と自身、不可解そうに根尻はこたえた。
 ぽんと放り出されたような疑問が、官邸の総理大臣執務室に満たされていく。
「高西大臣だけが、感染するなんてことがあるのかな」
 首を傾げた貝原のひと言は、誰にいうでもない独り言のようであったが、
「いや考えられるよ、貝原くん」
 狩屋がいった。「マドンナの食欲は底なしだよ。普通の人なら食わないものまでがんがん食うんだから。ヘビとかクモとかサソリとか、蚊の目ん玉とかさ」
 うえっ、と貝原が顔をしかめる。
「何を食ったかまで調べはついてるのか」
 泰山がいうと、新田が長いリストを出した。「環境省の職員にヒアリングしてまとめた国際会議中の高西大臣の会食場所とメニューです」
「どれどれ」
 覗き込んだ泰山だが、あまりの量に思わず黙り込んだ。
「むちゃくちゃ食ってますね、泰さん。人間でしょうか」と狩屋。
「たぶん違うだろうな」
「環境会議関係者以外に、似たようなウイルス感染例は報告されていないんですか、先生」
 泰山がきいた。
「いまのところは」
 根尻は首を横に振った。「ただ、発表されていないだけかも知れません。ロシアに限らず、国によっては戦略上、感染を秘密にしていることだってあるでしょうから」
「だが、マドンナはどこかで感染した……。どこだ?」
 つぶやくように問うた泰山に、答えられるものは誰ひとりいなかった。

本作は作品の冒頭部分を特別掲載したものです。          
続きは9月28日発売の単行本『民王 シベリアの陰謀』でお楽しみください

作品紹介『民王 シベリアの陰謀』



民王 シベリアの陰謀
著者 池井戸 潤
定価: 1,760円(本体1,600円+税)

書籍はこちらからどうぞ
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待望の続編、池井戸潤『民王 シベリアの陰謀』特設ページ公開中


▼池井戸潤『民王 シベリアの陰謀』特設ページはこちら 
https://kadobun.jp/special/tamiou_siberia/


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