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連載

杉江松恋の新鋭作家ハンティング vol.31

密室の中、両瞼を自分の髪で縫い合わされて――『影踏亭の怪談』杉江松恋の新鋭作家ハンティング

杉江松恋の新鋭作家ハンティング

書評家・杉江松恋が新鋭作家の注目作をピックアップ。
今回は、実話怪談とミステリーの向こうに黒々とした闇が浮かび上がる一冊。

『影踏み亭の怪談』書評

 チューニングが必要だぜ。
 大島清昭『かげふみていの怪談』(東京創元社)は、ちょっと真価を捉えづらい小説だ。
 一つの評価基準だけで見てしまうと、不可解な部分が存在する。なぜそんな書き方になっているのか、と首を傾げてしまうということだ。複数領域にまたがって書かれた作品なので、ここはあれ、そこはまた別のあれ、というように部分部分で異なる見方をしなければならない。パッチワークキルトのようなもので、小説としては渾然一体となった読み心地が提供できるのが理想形だとは思うのだが、そこは新人の作品として大目に見たい。
 だから必要なのだ、チューニングが。
 自分の生活圏内ではない、遠くの放送局から流れてくる電波をラジオで捕まえているようなものだと思う。ダイヤルを、おっと古い表現で恐縮だがとにかく何かを使って調節しながら、かすかに聞こえてくる音を捕まえにいく。そうやって耳を傾けているうちに、少しずつ波長があってきて、大島の語る物語が胸に落ちてくる。『影踏亭の怪談』に必要なのは、そういう読み方なのである。
 四作から成る短篇集で、表題作で作者は東京創元社の主催する第十七回ミステリーズ!新人賞を獲得した。他の三作は単行本のための書き下ろしである。プロフィールを見ると、大島は幽霊や妖怪についての論考を発表する研究者で、すでに『現代幽霊論』『Jホラーの幽霊研究』などの著書があるという。また、共著で〈怪談オウマガドキ学園〉シリーズにも参加している。これは児童向けの怪談集で、二〇一三年から一八年までに全三十巻が刊行されている。大島自身は本作が小説では初となる単著のようだ。
 物語の中心にいるのはうめきようという実話怪談作家だ。本名の梅木杏子にちなんだ筆名だという。呻木の作風は他の実話怪談とは少し違っていて、可能な限り現象の原因を探ろうとする。複数の関係者がいれば談話をとり、なるべく現地調査も行う。もともと民俗学専攻なので、「怪談といっても、エッセイや民俗学の現地報告書に近」く「だから正直な話、姉の本は怖くない」し「然程売れていない」とは、彼女の弟による証言である。
 初登場した表題作をはじめとする四篇は、複数の叙述が並行して進められる形式になっている。〈呻木叫子の原稿〉と題された章が、怪異現象の当事者や後からそれについて調べる者の視点の間に置かれているのだ。〈原稿〉と現実視点の章との違いは、影踏亭がK亭となるなど、イニシャルによる伏字になっていることである。表題作の主舞台となる影踏亭は温泉郷というところにある旅館だ。そこにある離れで奇妙な現象が起こるのだという。午前二時二十七分になると、離れにいる者の携帯電話に番号非通知で着信がある。しかもいわゆるワン切りではなくて、しばらくの間着信が続く。
 ミステリーとしての「影踏亭の怪談」の核は、この離れで起きた事件である。そこに泊まっていた男が死体で発見される。両眼をえぐり出された無残な死体で自殺とは思えないのだが、外部の者が離れに立ち入れたはずはない状況があった。内側から貼られたお札によって戸が動かなくなっていたのである。密室だ。
 この謎が解明されるくだりを読んで、ちょっと引っかかった。通常であれば、こうしたホラーの装いを持ったミステリーは、全部を回収しようとする。本篇でいえば、謎の着信などの不思議現象も、密室内での変死事件と絡めた形で解釈されるのが普通だ。しかし作者は、この点にこだわっていないように見えるのである。怪異として振り撒かれた物事のうち、理屈がつけられるのは変死事件に直接関係する要素のみにすぎない。あとは不思議としてそのまま置いておかれるのだ。これが結構意外で、初めは少し戸惑った。しかし冒頭に書いたようなチューニングを行うことで、作品の読み方が見えてきたのである。なるほど、ミステリーと実話怪談の部分は別なのだ。
 奇妙なことが起きている場所に踏み込んだ人間が、なんらかの事件を引き起こしてしまう。背景に広がった不思議な状況にまず読者は気を引かれるだろう。その上で、中心で起きている出来事に目をやれば、茫洋とした怪異の不気味さと、人間のエゴが引き起こした事態の浅ましさの対比に気づくことになる。そこが狙いではないか、と考えたわけである。図と柄をそれぞれ個別に鑑賞する、とでも言うべきか。
 このあとの三篇でも同じように怪異とその中で発生した犯罪事件とが描かれていく。首を切られた女が徘徊するというトンネル、山がくずれて集落が埋まったことのある付近を彷徨う泥だらけの人間、突如冷凍メロンが落ちてきて人を死に至らしめるという奇妙な噂。最後のものは実話怪談というか、新種の都市伝説っぽい。こうした怪異を梅木が取材し、その背後で事件が起きていくわけである。それぞれに不可能状況が呈示され、論理的な解釈が行われる。個々の謎解きは若干薄味なので、やはり怪談的世界観と併せて鑑賞すべき作品なのだと思う。
 小説として残念なのは、中心人物である呻木叫子に魅力が乏しいことだ。キャラクターの造形に対する不満は全篇を通じて感じたことで、これから小説家として活動するのであれば作者にとっては重要な課題である。いや、実話怪談なのだし、呻木の作品よろしくUやKといったイニシャルで表される記号的人物でも小説は成り立つではないか、という見方もあるだろう。しかし、他はよくても作品の中心人物までそれではどうなのか。
 実はここまで書かなかったが、表題作には強烈な引きがある。「影踏亭の怪談」は呻木の弟が主要な視点人物として登場する。彼が発見したとき呻木は昏々と眠りについていたのだという。しかも密室状況の部屋の中で、両の瞼を自分の髪で縫い合わされるという異常な状態でだ。つまり、先に書いた離れにおける怪異の外側に、呻木叫子の昏睡という謎の現象が起きていたわけである。こんな変事を出来させた当事者には、やはり相応の特徴を持たせるのが然るべき小説作法ではないか。
 四篇を通読すると巨大な黒いものが浮かび上がってくる仕掛けになっている。謎というか、怪異というか、底知れない闇を抱えた人間の後ろ姿がぼんやりと浮かび上がってくるようなもので、ざらついた違和感を残して小説は終わる。この趣向はおもしろく、虚構から現実へと読者を安全に送り返すのではなく、暗がりの残滓のようなものをくっつけて帰す作家としてこの人は成長していくのではないかと思う。今回はつぎはぎ感を否めなかった趣向も、書き続けることによって滑らかなものに変わっていくはずだ。そこは期待したいと思う。しっかりとラジオをチューニングして、こちらも大島清昭を待つ。


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