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連載

杉江松恋の新鋭作家ハンティング vol.18

「料理は愛情」に対する根源的な不信の念――『料理なんて愛なんて』杉江松恋の新鋭作家ハンティング

杉江松恋の新鋭作家ハンティング

書評家・杉江松恋が新鋭作家の注目作をピックアップ。
今回は、「いや君、それは主人公としてどうなんだ」と言いたくなる一冊。

 料理は愛情、って本当かな。

 この手のわかりやすいフレーズを見たら、その都度やりすごして知らんぷりをすることにしている。「NO MUSIC,NO LIFE」とか。

 佐々木愛初の長篇小説『料理なんて愛なんて』(文藝春秋)の主人公、須田優花も、このわかりやすすぎる言説の前に立ちすくんでしまう人物だ。

 料理が愛情なんだとしたら、その料理をすることにまったく熱意を感じられない自分は、愛情のない欠陥人間なんだろうか。

 そんなことを考えて、ますます台所から足が遠のいていく。料理上手の人が当然という顔をして言うことには一切合財同意できない優花である。第一みりんという調味料が理解できない。照りを付ける、煮崩れを防ぐ、砂糖だけより複雑な甘みを出す、などいろいろな効用があるとはいうけれど。料理酒と砂糖だけじゃ、なぜいけないの。

 読者の前に現れた優花が最初に露わにするのは、料理に対するそうした根源的な不信の念である。料理の当たり前は、男性のしたり顔と一組にもなっている。好きな女性は料理上手な人、という物言いに彼女が苦しめられるからである。自分がいわゆる家庭的な人間ではない、料理とは無縁である、ということを無言で示す必要を感じた優花は、まったく関心のないマイナーなロックバンドのTシャツばかりを選んで着るようになった。ロックと料理って背反事象なのか。でも、その気持ちはわかる。いちいち口に出して、私は料理得意じゃないんです、と言いたくないというのは。

 街を行く若い女性に料理をさせて、そのできなさを笑い物にするという趣味の悪い番組企画がある。このたびその番組が終了すると聞いて、よかったよかったと思った。料理という家事行為と女性性とは、主に男性側の思惑によって密接に結びつけられている。さらにその先には母性という否定の声を上げることも難しいものが控えている。

『料理なんて愛なんて』の第一印象は、そういう一方的な声に反発する小説なのかな、というものだった。でも、読み進めるうちにそれだけのものではないということがわかってくる。優花に社会の面倒臭い風潮への抵抗を行わせるだけで作者は満足していないからである。第一、バンドTシャツの一件を見ればわかるとおり、彼女自身もちょっと面倒臭い人間だ。

 ちょっと先走って書くが、第二章「腹黒いミイラを干す」のお話では、読んでいて思わず引いてしまうほどに粘着質、かつ無意味な行為に出る。知り合った人が干物作りが好きで、次はサヨリをやるから一緒にどうか、と誘われる。優花はそこに、自分を振った男性と、その新しい恋人を連れて行こうとするのである。女性の名前が沙代里だからだ。サヨリは魚類の麗人と言われるほどに美しいが、裂いてみるとおなかの中が真っ黒なのだという。それを男に見せつけようというのだ。

 いや、君。それは主人公としてどうなのか。

 佐々木愛の作品にはこうした、他人にはまったく勘所がわからないことに固執する主人公が多く登場する。第一短篇集『プルースト効果の実験と結果』の表題作は、マドレーヌの匂いを嗅ぐと反射的に過去の情景が蘇ってくるというマルセル・プルースト『失われた時を求めて』に着想を得て、入試をきのこの山とたけのこの里で乗り切ろうとする男女のお話だった。プルースト効果の実験に主人公が勤しむ姿は実に馬鹿らしく、しかし愛おしい。大真面目に実験に取り組んでいるうちに、〈わたし〉こと長田は理論の提唱者である小川さんのことをとことん好きになってしまうのだ。

 他人には無意味に見えても、自分にとっては大事なこと。共有の難しい自分の中核。

 それが佐々木作品に共通して現れるものだ。

 人生はままならなくて本当にもどかしい。

 だから、ぼんやりとした光を発見したら、そちらに行ってしまわざるをえない。たとえその道が間違っていたとしても、容易には引き返す気になれない。そうした心の動きを、軽やかな物語として描くのが佐々木愛という作家なのである。その佐々木が今回見出したのが、料理というモチーフだったというわけだ。よし、とことん、料理というものと取り組んでやろう、という気構えが読みながらどんどん伝わってくる。

 第一章「冬、ホッキョクグマの解体」で優花は、真島さんという男性に振られる。前述の沙代里さんという女性が彼は本命だったのだが、どうも振り向いてくれそうにないので、自分のことを好きだと行ってくれる優花と、とりあえずという形で付き合うことにしたのだ。真島さんは深夜に電話をかけてくる。決まって行きつけの蕎麦屋で酔っ払っているときである。その蕎麦屋の近所ですぐに行けるから、という理由で優花は引っ越しの部屋を決めてしまった。真島さんも真島さんだが、優花も優花だ。愚かではあるが、必死の行為なのである。

 真島さんに振られたのはバレンタインデーの当日だった。どうしても自分には手作りチョコレート制作は無理だと判断した優花は六千円もする高級品を買っていったのだが、受け取ってももらえなかった。

――手が払いのけられ、完璧なチョコレートとあんまんが、汚れたコンクリートに打ち付けられる。あんまんは、駅に向かって走る誰かが踏んだ。真島さんは一瞬「やり過ぎた」という表情をしたが、そのままイヤホンを素早く付けて背を向け、来た方向に戻っていった。

 ここの短い文章でもわかるとおり、真島さんはかなりのひどい男である。クズ、と言ってもいいと思う。それを優花が好きになってしまうということで、駄目男への依存を描いた小説でもあるのだが、でもそれだけではない。

 真島さんに振られたことがきっかけで自分の料理嫌いを克服しようと決めた優花は、涙ぐましい努力を始める。涙ぐましくはあるが、どこかずれている。まったく料理上手になれるようには見えない努力の仕方だからだ。毎日自炊をすると決めたのはいいが、自分の料理は今一つ好きになれない。飲みの誘いを断った夜、優花は寂しく三日目のシチューを食べる。

――わたしは自炊をしている。前に進んでいる。なのに、どうしてこんなに物悲しいのだろう。鳥貴族に行けばよかった。ネギまを食べたかった。

 外側にあるのは恋愛小説の殻なのだが、その中にもう一つ違った物語が入っている。須田優花の混乱した心情を理解することが読者には求められる。共感できるとは言わない。なんだ君は、と言いたくなる読者も多いだろう。しかしその必死さだけは否定できないはずだ。人生のままならさ、もどかしさを本気で解決しようとしている彼女の姿勢だけは。そういう小説なのである。

 この連載では、一人の作家を採り上げるのは一回きりと決めてきた。今回、初めてそれを破る。カドブンで佐々木愛について書くのは初だが、前身の媒体では彼女のデビュー作『プルースト効果の実験と結果』を採り上げていたからだ。しかし破る。『料理なんて愛なんて』を書評したいという気持ちを制止できなかった。これは凄い小説である。届け、料理好きにも料理嫌いにもそして料理にまったく関心がないあなたにも。


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