死の直前、十五秒の推理劇――『あと十五秒で死ぬ』杉江松恋の新鋭作家ハンティング
杉江松恋の新鋭作家ハンティング
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書評家・杉江松恋が新鋭作家の注目作をピックアップ。
今回は、落語の三題噺にも通じる一冊。
なんだろうか。とても懐かしい気持ちになる。
榊林銘『あと十五秒で死ぬ』(東京創元社)巻頭の収録作、「十五秒」を読みながら、そんなことを思ったのだ。そうそう、こういうお話を楽しんできたんだよね、という感じである。自分の中にある何かにつながっていきそうな気がする。
巻頭の「十五秒」は、東京創元社が主催する第十二回「ミステリーズ!」新人賞の佳作に輝いた短篇である。お話は、主人公の〈私〉が「目の前に、銃弾が浮いている」のを発見することから始まる。状況から判断するにそれは、たった今自分の胸を突き破って出てきたところのようなのだ。背後から撃たれ、貫通した銃弾を犠牲者自身が見ているわけである。
戸惑う〈私〉の前に猫が現れる。猫は死神で、彼女はいわゆる走馬灯を見ているのだと教える。手違いで少し早く到着してしまったが、あと十五秒で間違いなく寿命は尽きる。〈私〉はそのわずかな時間を使って、自分を殺した人間を告発しようと考え、行動を起こす。
細かく分割された十五秒の出来事が以降は記されていく。〈私〉の行動の合間に犯人の反応も挿入される。そうやって犠牲者と犯人の攻防が描かれるわけだ。〈私〉は犯人が誰かを確認し、その素性を暗示するようなメッセージを遺そうとする。当然それを犯人が見過ごすわけがなく妨害しようとするので、さらに対抗策が必要となる。そうした知恵比べがわずかな時間に目まぐるしく行われる。ストップモーションで流される闘いの映像を見せられているようなもので、少年漫画の対決場面が連載何週にもわたって描かれるのに雰囲気は近い。
死ぬまでにやり残したことを完遂する主人公、というのは新人賞応募原稿では非常に多い内容なのだが、それを十五秒という短い時間に押し込め、いくつものどんでん返しを仕掛けた点が冴えている。惜しみなくアイデアを詰め込んで、その密度で勝負した作者の勝利だ。
四作を収めた短篇集で、次の「このあと衝撃の結末が」では設定が変わる。こちらは連続ドラマの最終回を観ている〈俺〉と姉のお話である。あと少しで大団円というところで妨害が入り、語り手はテレビの前から離れてしまう。再び戻ってくると、画面の中で登場人物がありえない死を迎えている。わずかな間に何が起きたのか。挑発してくる姉に対抗して、〈俺〉は十五秒の謎を解き明かそうとする。
またも十五秒だ。このへんで本書に込められた作者の意図がわかってくる。『あと十五秒で死ぬ』という題名通り、そういう状況設定の話を四つ収めた短篇集なのである。これはおもしろい。連作を売りにする短篇集はたくさん読んできたが、こういう趣向はそれほど多くない。たいていは登場人物が共通していたり、同じ主題を扱うものであったり。「状況」で押してくるものといえば、ぱっと思いつくのは星新一『ノックの音が』くらいか。あれは、ノックの音がするところから話が始まるというのが決まりだったが、本作は「あと十五秒で死ぬ」状況の出しようを変えることで内容に多様性を持たせているわけである。いいところに目をつけたものだ。
次の「不眠症」はニューロティック・スリラーを思わせる語り口調で、前二作とはだいぶ風合いが異なる。これと次の一作が書き下ろしだ。おそらく、単行本に収録されたときの印象を考えて毎回筆致を変えているのだろう。その配慮もいいぞ。
四作目の「首が取れても死なない僕らの首無殺人事件」は収録作中では最長で、赤兎島という架空の場所が舞台になっている。この島の住人には特殊な体質があって、首と胴体を切り離されても、十五秒以内なら死なないのである。逆に言えば、十五秒以内に戻せば元通りになるということだ。この島で、首無し死体が見つかることから話は始まる。死体は首が無いだけではなく、黒焦げになっていた。状況から島に住む三人の高校一年生が犠牲者に該当するのだが、という前振りがあって、その中の一人である水藤克人に視点は移る。実際にはどんなことが起きたのか、事件前に時間を巻き戻して見せようというのである。
首を切ってもすぐには死なないという設定、そして危機に瀕した登場人物たちがある行為で対抗しようとする中盤のくだりを読んで、私はあるものを連想した。落語の「首提灯」だ。侍に悪口雑言を吐いた町人が、首を落とされてしまう。なんとかして落ちた首を元通りにしようとして慌てふためく、という内容だ。もしかすると作者はこの噺から着想を得たのかしら、と思うくらいに設定がよく似ている。
というか、この作品集自体が落語っぽいのだな、とようやくここで思い至った。懐かしい、の正体はこれか。
落語にはいろいろな要素があるが、その中にはアイデアストーリーの側面も含まれる。たとえば三題噺は、三つの関係ない単語を組み合わせて一つの落語を作るというものだ。人情噺の名作とされる「芝浜」も、芝浜、革財布、酔っ払いという三つのお題から初代三遊亭圓朝がこしらえたという伝説がある。新作落語を興隆させた功労者である三遊亭圓丈は、この三題噺を十日間やり続けるという難業に挑んだこともあるのだ。
初めに「十五秒」を読んだとき、頭のどこかに、落語みたいだな、という考えが浮かんだのだと思う。次の「このあと衝撃の結末が」でその印象が補強されたのではないか。どちらも重視しているのは登場人物の行動であり、それを会話交じりで見せていくことで展開が生まれる。原点にあるのは「十五秒で死ぬ」という状況設定である。このへんの縛りの設け方が、おそらく落語を連想させるのだ。特に「このあと衝撃の結末が」は、少し刈り込めばすぐに高座に掛けられる構成になっている。いろいろな話で引っぱって最後の場面に持っていくやり方が完全に落語である。沈鬱な雰囲気の「不眠症」だって、落ちにあたる着想が明らかにされたときに、読者が若干の救済を感じられるように書かれている。そのへんも計算ずくだろう。
ここまで書いて作者の榊林銘がまったく落語に関心のない人だったら驚くが、それはそれでおもしろい。資質が落語だということで納得する。言い忘れたが「首が取れても死なない僕らの首無殺人事件」という橋本治みたいな題名の中篇は見事な謎解き小説でもある。中盤の「首提灯」めいた場面は低予算のホラー映画っぽくもあって印象的なのだが、それがちゃんと真相を暗示する伏線になっていることにも驚かされるのだ。仕込みの手を惜しまない人なのだな、ということがわかって私は非常に好感を持った。次の一席、いや一作も楽しみにしている。