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連載

杉江松恋の新鋭作家ハンティング vol.16

ブレーキの利かないトロッコのようなミステリー! 『火喰鳥を、喰う』杉江松恋の新鋭作家ハンティング

杉江松恋の新鋭作家ハンティング

書評家・杉江松恋が新鋭作家の注目作をピックアップ。
今回は、横溝正史ミステリ&ホラー大賞を受賞した一冊。


書影

原 浩『火喰鳥を、喰う』


 加速って娯楽なんだなあ、と再認識させられた。

 原浩『火喰鳥を、喰う』は、第四十回横溝正史ミステリ&ホラー大賞受賞作である。同賞はもともと横溝正史ミステリ大賞として運営されてきたが、前回より日本ホラー小説大賞と統合されて現行名称に変更された。第三十九回は大賞が出ず、北見崇史『出航』(KADOKAWA)に優秀賞が授与された。別途、読者賞として滝川さり『お孵り』(角川ホラー文庫)も刊行されている。つまり令和の時代になってからは初の大賞作品ということになる。『出航』は北海道の海岸沿いにある漁村で起きる変事を描いた物語で、つまりはホラー小説であった。今回はミステリーとホラー、どちらの要素を持った作品が受賞したのか、ということもおおいに気になるではないか。

『火喰鳥を、喰う』は、二つの出来事によって幕を開ける物語だ。語り手の久喜雄司は信州中南部に住むごく普通の会社員だ。高校時代に所属した天文気象部で一学年上の先輩だった瀧田夕里子と恋愛し、めでたく結婚することができた。夫婦は雄司の母である伸子と、父方の祖父である保と同居している。保には貞市という兄がいたが、第二次世界大戦中に南方戦線において没している。その墓石から「久喜貞市。昭和二十年六月九日。享年二十二歳」と彫りこまれた文字がいつの間にか削り取られていたのである。それが第一の出来事だ。

 第二の出来事もその貞市に関するものである。第二百九飛行場大隊に属していた彼は、亡くなるまで手帳に日記をつけていた。それがパプアニューギニアの旧戦地で発見されたというのだ。新聞記者が届けてくれた手帳に雄司は目を通す。そこには、貞市たちの部隊が数百キロメートルにわたる無謀な行軍を強いられ、その結果として飢餓や疾病に苦しめられていたことが克明に記されていた。仲間たちは次々に落命していき、最後に故人を含めて数人を残すだけになった。

 貞市たちはヒクイドリを見つけたらしく、「いかなるアジか」「もしトリをシトメタラバ」などと執着する記述が次第に増えていく。ヒクイドリは走鳥類に属する、巨大な生物だ。六月五日に「ニクデモ クイタイ」と書いて日記は途絶え、命日と見られる「六月九日」は日付だけが記入されていた。あまりの執念に気圧されたのか、雄司たちと共に日記を読んでいた夕里子の弟・亮は、六月九日の余白に「ヒクイドリヲ クウ ビミ ナリ」と書きこんでしまう。自分でも気づかないうちに、何者かに手を取って書かされたように。

 明かしていいあらすじは以上。このあと雄司たちは、貞市の手帳が発見されたことを知らせるため、同隊の生き残りである藤村栄という元軍人を訪ねる。そこであることが起きて、というあたりから物語は急に加速し始めるのである。章立てを見るとすべては十日間で起きた出来事であることがわかるが、二日目からものすごい勢いで話が動き始める。

 正直に書いてしまえば中盤までを読んだ段階では、遊びがなくて一本線の小説だな、と思ったのである。雄司が何かを見聞する。それについての反応があって一日が終わる、という形の章がいくつか続くからだ。しかし物語の後半に入って気が付いたのだが、これらはすべて加速をつけるためにあるのであった。三段ロケットの下二段がすべて燃料で、大気圏外に達するまでに切り離されるのと同じことである。最も読ませたい事態のただなかに読者を突っ込ませることに前半は集中し、感情を揺さぶる仕掛けは後半に、という作戦だろう。速さに感覚を麻痺させられていた読者がはっと気が付くと、そこはとうに帰還不能点を過ぎた場所、というわけなのである。この戦略はいい。おそらく作者は狙って書いている。

 もう一ついいのは、奇妙な論理が作中で成立していることだ。読み始めるときに私は、一つの見込みを立ててからページをめくった。詳しくは書かないが、ミステリー読みならばこの程度は予想できるだろう、というような見込みだ。それは半分当たって、半分外れた。半分というのは、たしかに見込みのとおりのことが出てくるのだが、それに終始するような小説ではなかったからである。つまりワンアイデアではない小説なのだ。こうなのかもしれない、と冒頭で漠然と考えたものを上回る奇怪な言説が途中で出てくる。ブラックホールが出現して重力場が狂わされるような感じだ。加速がついてスリルがいや増していく中で、これはどういう話なのかさっぱりわからない、という困惑は深まる一方。どこを目指しているのかも見えなくなった瞬間に、壁にぶち当たるような唐突さで物語は終わる。加速と衝突。それが『火喰鳥を、喰う』のすべてだと思う。速くて、どかん。小学生みたいな表現で申し訳ない。

 結局ミステリーかホラーなのかは書かずに終わる。それは読者が自分で確認すべきだ。なので巻末の選評にも目を通さず、いきなり本文を読んだほうがいい。黒々とひろがる闇の中に突っ込んでいく、ブレーキの利かないトロッコに乗ったような感覚を味わえると思う。ヒクイドリもちゃんと出てきます。

原浩『火喰鳥を、喰う』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322007000502/


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