【『角川新字源』連載第4回】誕生はなんと1900年前!! 漢和辞典のすごすぎる歴史
10年かかりました。『角川新字源』大改訂。
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『角川新字源 改訂新版』が発売されてから、そろそろ一ヶ月とすこし。
みなさまのお役に立っているでしょうか?
現在、辞書編集室では、電子版の作成にかかりきりになっています。
いずれはインターネットや電子辞書などいろいろなかたちで、ご利用いただけるようになる予定です。
さてさて、今日は漢和辞典の歴史についての話です。
「OK Google」「Hey Siri」……現代の私たちの日常生活と「検索」は、切っても切れない縁があります。気がつけば、スマホを操って、いつも何かを調べていないでしょうか。
しかし、この行為は今にはじまったことではありません。
文字が一握りの知識ある人のものだった大昔から、人はすでに「調べる」ことをしていて、そのそばには辞典が寄りそっていました。
一番古い漢字の辞典は、いつ、何のために作られたのでしょうか。
今回は『角川新字源』にいたるまでの道筋も交えて、それをご紹介します。
>>【連載第3回】辞書歴50年。伝説の編集者が語る、辞書作りの真髄とは。
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[話し手]坂倉 『新字源』に関わる編集者。辞書編集部のなかでは未だに一番の若手。師走に入って気になるのは街角のイルミネーションより今年の漢字。この記事が公開されるころには発表されているはず……。ちなみに好きな言葉は「浅斟低唱」。
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[聞き手]松谷 書籍をPRするパブリシスト。新居に引っ越してちょうど1年。太陽光発電で売電できるマンションなのですが、一向に売れず。よくよく調べてみると、単に検知する機械の電源を入れ忘れていただけでした。がんばって売ろうと夏にあれほど節電したのに無念……。好きな言葉は「大悟徹底」。
【Q,一番古い辞書(字書)ってなに?】
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説文解字と康煕字典
松谷:……(黙々)。
坂倉:おっ、改訂新版を使ってくれてますね! 何を調べてるんです? わからなかったら、何でも聞いてくださいよ。
松谷:……ねえ、坂倉くん。
坂倉:はいはい!
松谷:これすごいね。手で押さえてなくても1ページからぺったり開く。文字も大きく見やすくなったし、紙もさらに薄くなって指に吸い付くし、使いやすくなったやん。
坂倉:ページの見やすさ、扱いやすさも追求してますが、でもそればかりじゃないですよ! 検索もしやすくなっていませんか?
松谷:どこを工夫したの?
坂倉:そうですね。部首、読み、画数を使う昔ながらのやり方は変えていませんけど、例えば、引き方のガイドを載せたり、今見ているページの部首が何なのかをわかりやすくしたり、部首の名前からも引けるようにしてみたり。
松谷:その、部首、読み、画数から引くという方法は、他の漢和辞典も同じ?
坂倉:おおむねそうです。ええと、昔は漢和辞典を「字書」と呼んでいたんですが、いちばん古い字書とされている『説文解字』(※1)も、すでに漢字がかたちによって並べられているんですよ。今とはかなり分類がちがいますけれど。
松谷:いちばん古いっていつ頃?
坂倉:1世紀頃というから約1900年前、中国の後漢の時代ですね。作ったのは当時の学者で、名前は許慎さん。
松谷:へー、古い! そんなに長いあいだ変わってないって、それは確かに“伝統”やね! でも説明も全部漢字だし、日本人が使うのはちょっと難しそう……。
坂倉:中国のものを参考に、日本でも字書が作られるようになるんですが、かの空海が作ったといわれている日本最初の字書『篆隷萬象名義』(※2)もぜんぶ漢文でした。なので、大丈夫だったんでしょう。
松谷:何に使ってたんやろ。
坂倉:お経を読むのに使ってたりしたみたいですよ。10世紀くらいには初の日本オリジナルの字書『新撰字鏡』(※3)ができるんですが、これを作ったのも昌住というお坊さんだそうです。
ちなみに、中国にはたくさんの字書がありましたが、18世紀になると、皇帝の命令でそれまでの集大成のようなものが作られます。それが『康煕字典』で、約4万7000もの字を収録していて、今の漢和辞典のお手本になっている字書です。
【Q,「新字源」を作ったのは誰?】
松谷:ということは、『角川新字源』もそれをお手本にしているの?
坂倉:1968年に出た初版から、凡例にばっちり『康煕字典』がお手本だと書いてありますね。KADOKAWAで一番古い漢和辞典『増補 字源』でも同じです。
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新字源初版と字源
松谷:ん? 『字源』というのは、『角川新字源』とはちがうもの?
坂倉:これはですね……。そもそもKADOKAWAの漢和辞典は、創業者の角川源義が簡野道明先生の『増補 字源』を刊行したことからはじまるんです。当時、『字源』の版下を、それが収められた家ごと買ってきたとか。
松谷:熱意を感じるエピソードやね! その名前を引き継いで、『角川新字源』になったと。
坂倉:中国の古典に忠実で信頼のおける漢和辞典が少なかった。それで、当時一流の学者だった小川環樹先生、西田太一郎先生、赤塚忠先生に依頼して、『角川新字源』の編集がスタートしたんだそうです。
『字源』の名前を使っていることからも、意気込みがわかるような気がしませんか。
松谷:小川先生といえば、ノーベル賞学者の湯川秀樹先生の弟さんやね! ご兄弟みんな学者の一家だとか。そんなすごい先生たちが作った辞典だから、ベストセラーになったんだね。
坂倉:おかげで、今年こうして改訂新版も出せたわけです!
>>第5回「蔵書6000点、伝説の校正者に聞く漢字のかたちの秘密とは!?」
【注釈】
※01
およそ1世紀の中国の字書。15巻。編者は後漢の経学者許慎。9353の漢字とその異体字1163を収録。漢字をかたち(540の部首)で分類し、なりたちから解説した最古の字書。
※02
およそ830年頃にできたとされる字書。30巻6帖。編者は空海。約1万6000の漢字を541の部首にわける。内容は、中国で作られた字書『玉篇』の抄録で、独自の部分はほとんどないとされる。
※03
9世紀末から10世紀初頭に完成したとされる字書。12巻。編者は奈良の仏僧昌住。約2万1000の漢字を収録し、漢文で意味を記したあと、万葉仮名でその訳を載せる。当時の発音も示されているため、古代の日本語を知る上で貴重な資料でもある。