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連載

10年かかりました。『角川新字源』大改訂。 vol.3

【『角川新字源』連載第3回】辞書歴50年。伝説の編集者が語る、辞書作りの真髄とは。

10年かかりました。『角川新字源』大改訂。

おかげさまで『角川新字源 改訂新版』が10月30日に発売となりました!
全国の書店に並べていただき、嬉しいかぎりです。

今回は改訂記念として、大人気イラストレーターの中村佑介さんにケースのイラストを描き下ろしていただいた「特装版」も同時に発売します!
漢和辞典らしい伝統的な装いをお好みの方は通常版を、中村佑介さんの描くキュートな少女のイラストに心惹かれたアナタは、ぜひ特装版を手にとってみてください。

さてさて、今回は「新字源」改訂事業の中心人物である大ベテラン編集者の高野良知さんに話をうかがいました。
高野さんは辞書ひと筋の編集歴50年。創業者・角川源義の時代から、名著とされるKADOKAWAの辞書のほとんどに関わってきた伝説の辞書編集者です。

そんな人が語る辞書編集の真髄とは……?

「新字源」をはじめとする辞書は、いったいどうやって作られているのか?
普通の本と、何がちがうのか?

核心に迫ってみました。

>>第2回 漢和辞典は漢字辞典とどうちがう?

[話し手]坂倉 『新字源』に関わる編集者。辞書編集部のなかでは未だに一番の若手。そろそろ鍋がおいしい季節なので、鍋が食べたいと思っている。推し鍋は常夜鍋。好きな言葉は「螽斯詵詵」。ちなみにまだ半袖(10月30日現在)。

[聞き手]松谷 書籍をPRするパブリシスト。ベランダの植木鉢に、ある日突然はえてきたナゾの植物。実がなったので食べてみたら甘酸っぱくて美味しい♪と喜んでいたところ、友人から「危険!それは毒だよ!」と教えられあわてる。皆さん、「イヌホオズキ」には気をつけましょう。好きな言葉は「痛定思痛」。

高野良知(たかの・よしとも) 昭和37(1962)年角川書店入社。以来半世紀以上、辞書事業の屋台骨を支えてきた編集者。初版『角川新字源』をはじめとして、『角川古語大辞典』『角川国語中辞典』『角川大字源』などKADOKAWAの辞書を数多く手がける。好きな言葉は「温故知新」。

【Q,どうやって「文字」や「言葉」を集めるの?】

坂倉:今日は、高野さんにあらためて辞書作りを教わりたくて、こうしてお時間をいただいたわけですが。

高野:はいはい、よろしくお願いします。

坂倉:ちょっと緊張してます……。

高野:一緒に改訂をやってきたのに、何を今さら(笑)。何でも教えるよ。

坂倉:高野さんは国語、古語、漢和と幅広いご経験があるので、一般的なところから聞きたいと思います。
では、基本に立ち戻って。辞書といえば、最初は見出しとして掲載する言葉や字、つまり項目の収集からはじまりますよね。漢和辞典なら漢字、国語や古語辞典なら語彙。それはどうやって集めるんですか?

高野:まずその前に、企画の段階で利用者を想定するだろう? 誰がどうやって、何のために使うのかを決める。そこから、集める言葉の方向性や、小型か中型かなど辞書自体の大きさ(※01)、項目数の分量を導きだすわけだ。

坂倉:『角川新字源 改訂新版』だったら、主に高校生以上を対象とした小型辞書ですね。

高野:そうしたら、イメージにいちばん近い先行の辞書を手本にして、基本となる項目リストを作る。今回は改訂作業だったから、ひとつ前の1994年の『角川新字源 改訂版』を元にして作ったわけだね。

坂倉:高野さんに、1万3500字分を手書きで作っていただいたコレですね!

高野:そうそう。漢和辞典の場合は、政府が漢字の基準として定めている「常用漢字(※02)」や「人名用漢字(※03)」が下敷きになる。そこに、今だったらコンピューターで使える漢字を入れようとか、最近の学校で教えている中国古典の漢字を載せようとか、いろいろな理由で項目を足したり引いたりしていくんだ。

坂倉:それ以外に、街中や書籍などで目にとまった言葉を集めたりはしないんですか?

高野:国語や古語の場合は集めるね。集めた言葉を「語彙カード」というものに記しておいたりする。以前刊行した『江戸時代語辞典』(※04)でも、編者の残したカードを整理しただろう。

坂倉:しました、しました。膨大な量でしたね。

高野:これは編者の先生が江戸時代の資料から集めた言葉のかたまりなんだ。私たちはこれを基に項目表を作るわけだね。

【Q,辞書作りはなぜ時間がかかるの?】

坂倉:今回は企画から刊行までざっと10年以上かかったわけですが……。いつもこんなにかかるものなんですか?

高野:大型のものだと10年単位の時間がかかってしまうね。たとえば最大級の古語辞典『角川古語大辞典』(全5巻)のときは、企画からおよそ20年かかったかな。

坂倉:ひええ。今回も大変だったのに、さらにその倍!

高野:辞書は、まず分量が多いし、関わる人の数も多い。調整や合意だけでもけっこうな時間が取られる。それに加えて、先生方は大学での授業や研究もある。なかなか進まないわけだ。

坂倉:しかも、まちがいは厳禁だし……。

高野:どうしたってまちがいは出てしまうけれど、極力減らさなければならない。だから何度も何度も編者に確認してもらって、ゲラ(※05)を校正に出して、僕らの目でも7回も8回もチェックする。
しかも、先生方からいただいたお原稿は、必要があればどんどん手直しをする。

坂倉:「執筆要項」に則って、ですね。

高野:そのとおり。「執筆要項」とは、辞書の構成や書き方のルールをまとめた文書のことで、このルールどおりに原稿を整理するんだ。ちょっとした追加や修正のときは編集部で原稿下書きを作って、それを編者に直してもらう場合もある。

坂倉:その結果、今回の改訂作業でも、ゲラがいっぱいでした。

高野:ちなみに、KADOKAWAで項目数・巻数ともにいちばん多い『角川日本地名大辞典』(※06)は、全51巻で、1億2000万文字もあるよ。

坂倉:ゲラどころか、本そのもので山ができる量じゃないですか!

高野:古語大辞典や地名辞典の企画は1970年代にスタートしたんだけど、その頃はコピーもないし、パソコンもないし、ましてやインターネットもなかったから、そりゃあ大変だったよ。ガリ版刷りで資料を作ったり、先生方のいる京都や大阪まで何時間もかけて原稿をお持ちしたり、電話で修正点を聞いて原稿を直したり。それで何千、何万というページを作っていたんだから。会社近くの旅館に、よく先生にカンヅメになってもらったもんだ。
今は今で、簡単に連絡できるようになったせいで、確認確認で大変だけれど。

坂倉:辞書の市場自体が小さくなっていることを含めると、どちらが良いかは微妙なところですね……。

高野:それに、大学にお勤めの先生方はとても忙しくなってしまった。それも大変になった理由のひとつだね。かつては、ある程度こちらのお仕事に集中してもらうこともできた。例えば、「新字源」初版で編者を務めていただいた西田太一郎先生は、ずっと座りっぱなしで辞書の原稿を書いていたから、ザブトンがすっかり薄くなってしまったそうだ。
ちなみに、今回の改訂には、その西田先生がお亡くなりになる直前に赤字としてまとめていらっしゃった修正点も含まれているね。いつか日の目を見るだろうと編集部に保管されていたもので、活用できて本当に良かった。


【Q,辞書は何のためにあるの?】

坂倉:しかし、高野さんはそんな大変な辞書作りを半世紀もやっているわけですよね。そもそもなぜ辞書の編集者になろうと考えたんですか?

高野:最初は仕事だから、とりあえず配属にしたがっただけだった。でもそのうち、これは得がたい仕事だと気付いたんだよ。辞書は、日常の文筆、つまり文字や言葉で表現するためのよりどころだろう? 辞書があるから、いろいろなことを表現できる。これはおもしろいと思ったね。

坂倉:つらいとか、やめたいとか、これまで考えたことはなかったんですか?

高野:辞書は編集者の関わる余地が大きくて、責任も重いから、いつも大変で、いつも辛い。でも、それも醍醐味なんだよ。完成したときはよくここまで来たと思うし、すべてむくわれてしまうように感じる。

坂倉:まさに生涯をかける仕事という感じです。だから、ずっと続けてこられたんですね。

高野:もちろん、それだけじゃない。たとえば、「鳥肌が立つ」という慣用句があるだろう。かつては否定的に使われていたけれど、やがて肯定的にも使われるようになって、国語辞典にもそう載っていたりする。辞書は時代の変遷を受けて変化しつづけ、利用者は辞書を通じてその変遷を知ることができる。辞書の編集が“終わる”ということはないんだ。

坂倉:なるほど……。最後に、辞書編集者にとっていちばん大切だと思うことを聞かせてください。

高野:企画力のように普通の編集者に求められることはもちろん必要。それに加えて、ひとつはやめないこと。もうひとつはぶれないことだ。「正しさ」はとても曖昧なものだけど、利用者はそれを辞書に求める。だから、適宜、適切な答えを返せるようにしたい。
とはいえ一冊の辞書ですべてをまかなう必要はない。その辞書なりの方針をしっかり持って、その範囲で応えるようにするというわけだね。

坂倉:以上、僕の師匠にあたる高野さんのインタビューでした。いやぁ、深いですよね……。

松谷:なるほど……。過去から継承されてきた言語文化を守りつつも、時代の変遷にあわせ利用者に応える。辞書編集はまさに「温故知新」やね。キャリア半世紀のベテランがおっしゃるだけあって、坂倉くんとは重みがちがうわ。

坂倉:ひどい! でも、僕も高野さんみたいになれるよう、これからも辞書作りをがんばりますよ!

>>第4回「漢和辞典の歴史、新字源の歴史」

【注釈】

※01
 一般に辞書は、学習辞典などで用いられ、持ち運びができる大きさの「小型」、『広辞苑』などのように項目数が多く、持ち運ぶには厳しい大きさの「中型」、『角川日本地名大辞典』などのように複数分冊になった「大型」など、3種類のサイズがあるとされる。コンサイス版など、実際はこれに当てはまらないさまざまな大きさの辞書もある。
学校の勉強で使うことを想定した『角川新字源 改訂新版』は、持ち運びができる大きさなので、このうち小型にあたる。

※02
 内閣告示として1981年に定められた「常用漢字表」所収の漢字。2010年に改定されて2136字となった。「法令、公用文書、新聞、雑誌、放送など、一般の社会生活において、現代の国語を書き表す場合の漢字使用の目安を示すもの」であり、各種メディアでもおおむね漢字を使用する際の基準として用いられる。


※03
 常用漢字以外で人名に使える漢字。法務省によって戸籍法の中で指定されている。随時追加され、2017年10月30日現在863字。

※04
 KADOKAWAから2008年に刊行された江戸時代の語彙、成句の辞典。前期の上方語から後期の江戸語まで、約2万1000項目、用例約4万2000を収録。

http://www.kadokawa.co.jp/product/200000000273/

※05
 校正用に作った簡易な試し刷りのこと。著者や編集者、校正者はこれを使って校正確認する。ちなみに普通の本の校正はだいたい1~3回。語源はgalleyという英単語で、組んだ活字を入れておく箱のこと。

※06
 KADOKAWAから、1978~1990年にかけて刊行された地名の辞典。約25万項目、全49巻51冊におよび、累計100万部をほこる地名辞典の最高峰。

http://www.kadokawa.co.jp/product/199999001010/


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