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連載

矢月秀作「プラチナゴールド」 vol.49

【連載小説】決死の追跡 ──特殊犯罪に挑む女性刑事たち。 矢月秀作「プラチナゴールド」#13-3

矢月秀作「プラチナゴールド」

※本記事は連載小説です。
>>前話を読む

 真っ暗な道路に、つばきたちの車のヘッドライトの明かりと、前を走るタクシーのテールランプの明かりだけが浮かんでいる。
「このまま尾行して大丈夫ですかね?」
 りおが言う。
 それももっともだ。後部左座席に乗っている永正はともかく、タクシーの運転手にはつばきたちの車の存在は知られている。ほとんど人も車の通りもない道で後ろにぴたりと張りついていたら、不審に感じるだろう。
「モニターを見ててね」
 つばきは言い、しらはたうち海水浴場前の十字路を左折した。
 そのまままっすぐ進み、信号のある交差点で右折して、九十九里ビーチラインに出た。そして、北東へ進む。
「どう?」
「タクシーは、産業道路を北東へ進んでいます」
「どのみち、突き当たりまでは来そうだね」
 つばきは言い、少しスピードを上げ、産業道路の北東端とビーチラインに当たる丁字路まで急いだ。
「タクシーは?」
「産業道路を木戸川の手前まで進んでいます」
 りおが言う。
 つばきは丁字路を右折し、産業道路に入った。少し進んで、田んぼのあぜみちに車をバックで入れ、ライトを落とす。
「今、タクシーは木戸川の突き当たりに来ました。停まっています」
「停まってる?」
「はい。堤防手前の通行止めのところまで進んでいます」
「こんなところで降りる気か……?」
 つばきは首をかしげた。
 と、りおが続けた。
「あ、動きだしました。手前の丁字路まで戻ってきて……今、私たちの方へ来ています」
 りおが赤い点滅の動きを中継する。
 りおの言う通りであれば、タクシーが行き止まりを知らずに突っ込み、バックもしくは転回して戻ってきて、産業道路を走り始めたという感じだ。
「タクシーが来ます」
 りおはシートに身を沈めた。つばきも尻を前にずらして、身を低くする。
 フロントガラスの先を凝視する。タクシーがゆっくりと前をよぎった。後部座席に人影があった。
 つばきはエンジンをかけ、ヘッドライトをけて、後を追おうとした。
「先輩、なんかヘンです」
「何が?」
 左へハンドルを切ろうとしたが、つばきは手を止めた。
「確か、永正は後部シートの左側に座ってましたよね?」
「そうだね」
「けど、今、後部シートにいた人は私たちから見て奥側、つまり、右側に座っていました」
 言われればそうだ。
「位置を変えただけじゃない?」
「先輩、タクシーに乗った時の位置、変えます?」
「私は変えないよ」
「私もです。誰かと乗っていたなら別ですけど、一人の時は初めから心地いい位置に収まりますもんね」
「それもそうだ。彩川、モニターでタクシーの位置だけは監視しておいて」
 言うと、つばきは右折し、タクシーとは反対方向に車を走らせた。
 丁字路まで来て左折し、行き止まりまで進もうとした。
 と、左建物の敷地内から一台のバイクが出てきた。
 オフロードバイクだ。前面がとがった黒いヘルメットをかぶっていて、顔は見えない。
 つばきはバイクの二十メートル手前あたりで車を停めた。
 バイクがゆっくりと近づいてくる。
 つばきとりおは、バイクの男を凝視した。
 このような場所にバイクに乗った男が現われるのは不自然だが、左手に見える家の住人かもしれない。
 細身で背格好も永正を思わせるが、全身黒い革製のつなぎを着ていて、ホテルを出た時の格好とはまるで違う。
 二人とも、半信半疑のまま、バイクが過ぎるのを待っていた。
 バイクが脇を通り過ぎようとした時、りおはハンドルを握る何者かの左腕に目を留めた。
 ヘッドライトに一瞬光った腕時計のバンドが赤い。
「永正!」
 りおが声を上げた。
 つばきはとっさにドアを開いた。
 真横に来ていたバイクの横面にドアがぶつかり、倒れそうになる。
 何者かは、左脚で転倒を防ぐとともに、スロットルを開けた。後輪が回転し、砂ぼこりと砂利を巻き上げる。
 つばきは左腕で顔を覆った。飛んできた小石が顔や胸元に当たる。
 バイクは左に九十度回り、車両侵入規制のガードの脇をすり抜け、海岸の方へ向かった。
「逃がすか!」
 つばきはドアも閉めず、アクセルを踏み込んだ。ハンドルを切ると、タイヤがスキール音を放って砂ぼこりを巻き上げた。
 りおはアシストグリップをつかんだ。
 タイヤが地面にんだ瞬間、車は勢いよく飛び出した。急左折する。ドアが勝手に閉まる。
 フロントがガードをはじき飛ばした。車内が衝撃で揺れる。バンパーが壊れて傾いた。
 しかし、つばきはかまわず、前進した。草むらに引っかかったバンパーが外れて吹っ飛んだ。
 上下左右に揺れながら、草むらを突っ切ると、広大な砂浜が現われた。
 九十九里浜だ。
 千葉県東部のぎょうみさきからたいとうみさきまでの海岸線を九十九里浜と呼ぶ。日本最大級の砂浜海岸で、全域が千葉県立九十九里自然公園に指定されている。
 どこまでも続く広くて白い砂浜が特徴的で、海岸沿いには多数の海水浴場がある。
 日中であれば、はるか先まで陽光にきらめく白い砂浜が眺望できるが、夜間、砂浜を照らすのは月明かりのみ。しかし、月光に照らされあおじろく浮かび上がる海岸線もまた絶景だ。
 誰もいない砂浜に、二つのエンジン音が響いた。
 つばきは波打ち際を疾走するバイクのテールランプを捉えた。
 アクセルを踏むが、時折、タイヤが砂浜に沈み空回りする。
 つばきはタイヤが沈まないよう、波打ち際の湿った砂地を選び、思い切りアクセルを踏み込んだ。グンとスピードが増す。二人の背がシートに押し付けられた。
「どこに向かってる?」
 つばきが訊く。
 りおは揺られながら、タブレットの地図で現在の位置を確認した。
「南下しています。このまま進むと、作田川の河口に突き当たります」
「どこかで道路に戻るね。その前に捕まえよう」
 つばきはテールランプを見据えて加速した。
 オフロード仕様のバイクも速いが、特別仕様の警察車両も負けていない。少しずつ、バイクとの距離を詰めていく。
 時折跳ねあがる海水がフロントガラスにぶつかり、弾ける。
 作田川の河口が見えてきた。
 バイクは道路方面へハンドルを切る気配がない。
「このまま突っ込むつもり?」
 つばきがつぶやいた時、いきなり前方で、バイクが反転した。
 ハイビームになったバイクのヘッドライトがつばきとりおの視界に飛び込み、思わず目を細める。

▶#13-4へつづく


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