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連載

矢月秀作「プラチナゴールド」 vol.45

【連載小説】復讐という名の計画 ──特殊犯罪に挑む女性刑事たち。 矢月秀作「プラチナゴールド」#12-3

矢月秀作「プラチナゴールド」

※本記事は連載小説です。
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     2

 家村は、社長室に二人の幹部を呼んだ。
 遊佐貴幸ゆさたかゆき大貫おおぬきたけるの両取締役。初代永正鉱業社に家村と共に最後まで残った二人だ。
 執務机前に置かれた応接セットのソファーに座った家村は、遊佐と大貫に向き合っていた。
「家村さん、いよいよですね」
 遊佐が高揚気味に笑みを浮かべる。
宇治原うじはらえ面かく様が目に浮かびますね」
 大貫もほくそ笑んだ。
 宇治原というのは、大手IT企業〈セーシン〉の会長、宇治原みつるのことだ。現在六十五歳で、会社の運営は後継の社長に一任しているとはいえ、社内での宇治原の力は絶大で、今でも同社は実質、宇治原のものだった。
田代たしろが爆弾をまくのは、三日後ですね」
 大貫が言う。
「準備は整ってます。ヤツを奈落の底に叩き落としてやりましょう」
 遊佐は拳を握った。
「そのことなんだが──」
 家村は対面の二人を交互に見やった。
「爆弾をまく時期を延期する」
「どういうことですか?」
 遊佐が怪訝けげんそうに片眉を上げる。
「状況が変わった。こちらの準備が整うまで、田代には現在の証言のまま粘ってもらう」
「ちょっと待ってください。こちらの準備とはなんですか? 俺らはすでに攻撃準備はできてますよ」
 遊佐は大貫に顔を向けた。大貫が大きく首肯しゆこうする。
「新しい投資ファンドを設立することになった。ARCの預かり資産のほとんどを新会社に移行し、セーシンの金融部門の資産の半分以上もそこに移す」
「宇治原と手を組んだんですか!」
 遊佐の眉間みけんに縦じわが立つ。大貫も家村をにらみつけた。
「よりによって、宇治原と手を組むってのはどういう料簡ですか!」
 遊佐がテーブルをたたいて、立ち上がった。横で大貫も腰を浮かせる。二人とも今にも家村に挑みかかりそうな剣幕だった。
「落ち着け、二人とも」
 家村は静かに見返す。
「落ち着いてられますか! 宇治原と組んだなんて耕太君が知ったら──」
 大貫が言いかけたところに、家村が口を挟んだ。
「その耕太君からの提案だったんだよ」
「えっ?」
 大貫と遊佐は二人同時に目を丸くした。
「まあ、座れ」
 家村が促す。
 二人はそろそろと腰を下ろした。
「先日、耕太君が会社に来たという話は耳にしていると思うが」
「ええ、まあ……」
 遊佐と大貫は顔を見合わせた。
「リスクを冒してまで来社したのは、新会社の提案をするためだった」
「なぜ、耕太君がそんな提案を?」
 遊佐が訊く。
「私たちは、宇治原を地獄へ叩き落とすためにここまでがんばってきた。長い年月をかけて宇治原に接触してヤツを太らせると同時に、我々も大きくなった。そうだな?」
 家村の言葉に、二人が首肯する。
「しかしだ。どちらも大きくなり過ぎた。特にうちは、今や顧客からの預かり資産が七千億を超えるほどの規模となった。従業員も百人を超える。新会社にセーシンからの資金が流れ込めば、預かり資産は一兆円を超える規模となるだろう。そのすべてを無に帰すのはあまりに影響が大きすぎる」
「不労所得でもうけようなんてやから、どうなろうとかまわないじゃないですか」
 遊佐が吐き捨てる。
「私も、投資家がどうなろうが知ったことではない。ただ、会社には従業員がいる。その従業員には家族もある。彼らには何の罪もない。耕太君はそれを気にかけたんだ。唐突な収入の断絶が家族にどのような顚末てんまつをもたらすのか、彼は身をもって知っているからね」
 家村が静かに話を進める。
 遊佐と大貫はソファーに深く腰を落としていた。
 二人とも、初代永正鉱業社が倒産し、その後、永正一家や耕太がどうなったのかを直近で見てきた者たちだ。
「私個人としては、従業員もまた利ザヤで食っている連中なので同情の余地はないと思っているが、耕太君の意向は無視できない。これは元々、耕太君の喧嘩だ。我々はサポートしたに過ぎない。また、その立場を超えてはならない。先代ならそう戒めるだろう」
 家村が〝先代〟と口にすると、二人の顔に滲んでいた怒りや憤りはスッと消えた。
「宇治原とその取り巻きはいずれ叩き落とす。それだけのデータはすでに用意できているので問題ない。田代という爆弾も送り込んだことだしな」
「田代は粘れますかね?」
 大貫が訊いた。
「弁護士を通じて、黙秘するよう伝えた。田代が口を割らなければ、証言は裏付けられ、中岡なかおかの犯行ということになるだろう。むしろ、そう結論付けてくれた方がありがたい。その後の真相暴露のインパクトは絶大だからな」
 家村は笑みを滲ませた。
「話を戻す。私は耕太君の意向をんで、今一度、宇治原を利用することにした。我々が太らせた豚だ。使えるだけ使わねばもったいない」
 そう侮蔑ぶべつして、話を続ける。
「新会社の金融商品取引業者登録は済ませてある。代表は、うちともセーシンともまったく関係のない者を充てた。むろん、私の息はかかっているがね。今から半年をかけて、うちの預かり資産を新会社へ移行する。そこでだ。君たち二人には、我が社を退職してもらい、新会社に外部アドバイザーとして参画してもらいたい」
「俺らに、計画から外れろと?」
 遊佐が家村を見やる。
「そうだ。信頼できる君たちに新会社を預け、盛り立てて、うちの従業員を守ってもらいたい。それが、耕太君の意向だ」
「家村さんは?」
 大貫が訊いた。
 家村はおもむろに大貫に顔を向け、微笑んだ。
「私は耕太君と運命を共にする」
 笑みを濃くする。気負いはない。
 遊佐と大貫は沈んだ様子でうつむく。
「心配するな。死ぬわけじゃないし、すべての利をかなぐり捨てるわけでもない。君たちが執行部を離れた後、耕太君を新たな取締役に選出する」
「大丈夫ですか! 耕太君は警察にマークされています。表に出てきて、ましてうちの取締役に就任すれば、痛くない腹を探られることに──」
「それでいいんだ。当局には何かあると思わせておけばいい。そうすれば、報道関係者が嗅ぎ取って、うちのことや私、耕太君のことも調べ回るだろう。背景が出そろったところで暴露すれば、さらに宇治原に打撃を与えられる」
「それではやはり、家村さんと耕太君はすべてを失うことになるんじゃ……」
 遊佐が心配そうに組んだ指をむ。
「一カ月で、一生分の生活資金を稼ぐ。仕手とインサイダー取引に関してはプロじゃないか、私たちは」
 家村がほくそ笑んだ。
 それを聞いて、遊佐と大貫もふっと笑った。遊佐が落ち着かなかった指揉みを止めた。
「そうですね。そうでした」
 顔を上げて笑う。
「的にかける銘柄は決めているが、君たちには教えない。また、詮索するな。君たちはあくまでもARCの一部が行なっていたインサイダー取引の実態は知らず、経営方針の違いで退職したというていを取り、それを堅持してほしい。それが君たちの役割だ。受けてくれるか?」
 家村が訊く。
 遊佐と大貫は顔を見合わせ、戸惑った。
「君たちにしか頼めないことだ。耕太君もそう望んでいる。この通りだ」
 家村は太腿ふとももに手を置いて、深々と頭を下げた。
「家村さん!」
「頭を上げてください!」
 二人して、あたふたする。顔を見合ってうなずき合い、遊佐が言った。
「わかりました。俺と大貫は新会社に参画します。任せてください」
「受けてくれるか」
 家村が顔を上げた。
「はい」
 遊佐と大貫は笑顔で首肯した。
「では、最後の仕込みに入ろう」
 家村は顔を引き締め、立ち上がった。

▶#12-4へつづく


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