【連載小説】仕手筋に手がかりはあるのか? 女性刑事二人が特殊犯罪に挑む! 矢月秀作「プラチナゴールド」#6-3
矢月秀作「プラチナゴールド」

※本記事は連載小説です。
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「おまえ、どういうことなんだよ!」
薄暗く狭い部屋に怒鳴り声が響く。
机の奥、壁際には、大きなモニターが上下に三枚ずつ、計六枚並んでいる。それぞれのモニターには株価データやチャートなどが表示されている。
左右田は中央下のモニターを睨んでいた。
ニチゴウという会社の株価とチャートが表示されている。板と呼ばれるリアルタイムの売買状況を示す画面は目まぐるしく動いている。
先ほどまで三千円にも届こうかというところまで上がっていたニチゴウの株価は、二千円を割り込み、さらに
「話が違うじゃねえか! 売り込むのは、三千円超えてからだったろうが!」
左右田の怒りは収まらない。
ニチゴウは東海地区にある小規模の繊維会社だ。そこそこ技術はあるものの、目を
日々の出来高も五千株を切るほど動きのない株で、相場から忘れられていた株だった。
左右田はそこに目を付けた。
仕手仲間と共謀して、一カ月をかけて徐々に出来高を増やし、百円を割っていた株価を千円にまで
そこから一気に買いを入れ、ストップ高を演出して、二千円を超えるところまで株価を上げた。
株価を急騰させると、個人投資家が飛びつき始める。そこまで仕込むと、あとは放っておいても株価は上がるようになる。
左右田たちは、株価が実態と離れて上がりきったところで、保有していた株を一気に売りに出し、暴落させ、空売りを仕掛ける。
株が上がっても下がっても
安値で仕込んだ株は高値で売り捌けばそれだけ利益が出る。一方、下がる株に空売りを仕掛ければ、安くなって買い戻し、借りた株を返したあと余った分だけ株数が増えることになり、これまた儲かる。
上昇と下落、どちらに転ぶかわからないので、株はギャンブルと言われるが、左右田たちのように株価を操作してしまえば、その心配もない。
損をするのは、高騰を期待して買い集めた個人投資家だけだ。
左右田たちは、利益に目がくらんで高騰する株に群がってきた個人投資家のことを〝養分〟と呼んでいた。
ニチゴウの株は、三千円まで吊り上げたあとに売り浴びせて、千円を切るまでに株価を落とす予定だった。
しかし、三千円に届く手前で、突如売り浴びせが始まった。
機関投資家や大口の個人投資家が売り始めたのかと思って調べたが、そうした兆候はなかった。
左右田は今回組んでいない仕手仲間に連絡を入れ、取引状況を確認させた。
すると、今回の五人の仲間のうち、三人が売り浴びせていたことがわかった。
確認を入れている間、左右田は暴落する株価を睨みながら対処したが、高値で買い集めていた分がすべて損失となり、プラマイゼロに持っていくのが精いっぱいだった。
「あ? 知らねえだと? とぼけんな! おまえらが売り浴びせたのはわかってんだ! オレがいくら損こいたと思ってんだ! 三億は飛んだ。補償しろ! ああっ? ナメんな、こら! ぶち殺すぞ!」
ヒートアップする左右田の声は裏返っていた。
インターホンが鳴った。左右田は無視して、怒鳴り続けていた。が、インターホンもしつこく鳴り続ける。
左右田は大きく息をついた。
「また、連絡する。おまえら、逃がさねえからな」
電話を切って、スマホをデスクに放った。
部屋を出て、モニター付きの子機を取る。モニターには女が二人映っていた。
「誰だ?」
「はい……」
小声で返事をする。
と、ショートボブの女が身分証を出した。
──警視庁の
名前を聞いた途端、左右田は
急いで部屋に戻り、モニターを消す。
三課の椎名は名前だけは知っている。仲間内で、次々と大物盗犯を挙げる猛者だと
左右田は直接、窃盗や故買に関わっているわけではないが、その情報を仕入れて、そうした連中から金を預かり、仕手戦を仕掛けることがある。
逮捕された小此木とも、何度か仕事をしたことがあった。
小此木も確か、椎名という刑事に逮捕されたと聞いている。
てっきり、
──ガサガサ、何してんだ?
つばきの声が聞こえた。つながったままの子機を持っていることに気づき、あわてて切ろうとした。
──話が訊きたいだけだ。開けないなら、令状取って踏み込むぞ。
つばきが言う。
にわかには信じがたいが、このまま放置するわけにもいかない。
▶#6-4へつづく
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