【連載小説】無人の会社に潜入開始! ──女性刑事二人が特殊犯罪に挑む。 矢月秀作「プラチナゴールド」#7-3
矢月秀作「プラチナゴールド」

※本記事は連載小説です。
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「どうしたもんかなあ」
シートにもたれ、ハンドルを指でトントンと
考えながら、りおの様子をぼんやりと見つめる。
りおは故障しているインターホンを何度も押していた。そして、大きな声で敷地内に呼びかけた。
「すみませーん! 誰かいませんかー!」
つばきは苦笑した。
「それで出てくりゃ、苦労はないって」
呆れながら眺めていると、目に何かのきらめきが飛び込んできた。
つばきは体を起こした。
「また──」
社屋や倉庫を見やる。
社屋の右隣りにある倉庫の上の窓で、ちらちらと何かが光っていた。
誰かいるな。
つばきの瞳が鋭くなる。
りおはしつこく呼びかけていた。
つばきはりおのスマホにメッセージを入れた。
〝そのまま呼びかけろ〟
送信し、車から降りた。
道路沿いの茂みに身を隠しつつ、敷地の右手に回る。倉庫からの死角となったところで路上に出て、左手の柵沿いに進み、倉庫の裏に出た。
辺りを見回す。通用門があった。気配に神経を
素早く開いて侵入し、倉庫の壁沿いにプレハブ社屋の方へ進む。倉庫の陰にちょっとした広場があった。そこには白いワゴンが停まっている。
タイヤやホイールもきれいだ。放置気味のトラックとは違い、動いていることは確かだった。
その広場から通路が延びて、各建物の入口につながっている。
倉庫やプレハブが邪魔となり、敷地内へ入らなければ確認できない場所だった。
「ここから出入りしてたのか──」
つばきはスマホのカメラでワゴンと出入口の状況を写真に収めた。
一階部分の倉庫の窓は、すべて目隠しされていた。真ん中の倉庫の端から、プレハブ社屋の様子を窺う。
社屋に人の気配はない。窓は砂ぼこりで真っ白になっていて、しばらく開けられた様子もなかった。
社屋から最も離れた倉庫を探る。通用口も搬出入口も開けられた形跡はある。ドアノブを回してみたが、鍵がかけられていた。
人の気配がした社屋横の倉庫に進む。先程の倉庫と同じく、開閉している形跡はある。
通用口のドアノブを回してみた。押すと、ドアが少し開いた。鍵はかかっていない。
そろそろと押し開き、中を覗く。フロアには鋼材が無造作に積み上げられていた。壁沿いに階段があり、上部に通路がある。その通路を目で追う。
と、正門に向いた窓あたりに人影があった。男性のようだ。背が低く、ずんぐりとしている。こちらに背を見せている男は、正門の方に目を向け、時折手に持ったスマホのようなものを掲げていた。シャッター音も響く。
訪問者を監視しているというわけか……。
ドアをさらに開き、中へ踏み込んだ。少し
つばきはドアから手を離し、鋼材の山の陰に滑り込み、座った。背を当て、気配を窺う。
「誰だ!」
男の声が響いた。
その時、強い風が吹き込んで、ドアが大きく開いた。
「風か……」
男のつぶやきが聞こえる。
つばきは息を潜めてじっとしていた。
すると、車の音が近づいてきた。倉庫の近くで停まる。ドアの開く音がして、複数の人間が降りてきた。足音が倉庫に近づいてくる。
つばきは、さらに鋼材の山の奥へ進んだ。足先が倉庫内へ入ってくる。
「おい、こら!」
野太い怒鳴り声が響いた。
つばきはびくっとして身を沈めた。手元にあった鋼材の支柱をつかむ。一つの影が中へ入ってくる。
「開けっ放しにするなと言ってんだろうが!」
「すんません! 風で開いたみたいで」
上から男の声が返ってくる。
「ドアを直しとけと言っただろう!」
「すみません!」
怒鳴る男は居丈高で、
「ったく……」
怒鳴っていた男が舌打ちする。
後ろからまた二つの影が入ってきた。
「どうした?」
落ち着いた声の男が声をかけた。
「うちのもんがだらしないんで、どやしてたところです」
「そう怒るな。力だけで抑え込んでも、人はついてこないぞ」
「勉強になります」
怒鳴っていた男の声色に緊張が
声だけで、この場にいる男たちの関係性がわかる。
倉庫で正門を監視していた男は、怒鳴っていた男の部下。落ち着いた声の男は、怒鳴っていた男の上司、あるいは上司のような存在の者。もう一つの影は、落ち着いた声の男の秘書のような存在か。
いずれにせよ、落ち着いた声の男がこの場では一番力を持っているようだった。
顔を見たい。しかし、ヘタに動けば、すぐさま見つかってしまう。
つばきは歯がゆい思いで、じっと耐えた。
▶#7-4へつづく