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連載

矢月秀作「プラチナゴールド」 vol.26

【連載小説】予想外の展開はどちらに転ぶのか? ──女性刑事二人が特殊犯罪に挑む。 矢月秀作「プラチナゴールド」#7-4

矢月秀作「プラチナゴールド」

※本記事は連載小説です。
>>前話を読む

「さっきから呼びかけている女性は誰だ?」
 落ち着いた声の男が言う。
 つばきに緊張が走った。
「おい、画像を送れ」
 怒鳴っていた男が上にいる男に声をかけた。
 少し静かになると、りおの声が聞こえてきた。まずいと思いつつも、今は何もできない。
 いざという時は……。
 鋼材を握るつばきの手に力がこもる。
「あー、こいつは刑事ですね」
 怒鳴っていた男がさらりと言う。
 バレている。つばきの表情が険しくなる。
「なぜ、わかる?」
 落ち着いた声の男が訊く。
「五日前、いや、一週間前くらいですか。やはり、こいつらがこのへんをうろついていましてね。気になったんで、写真を撮って画像で人物を特定したんですよ」
 怒鳴っていた男が言う。
 やっぱり、あれは──。
 つばきは去り際に気にかかった光のことを思い出した。
「こいつは、あやかわりおという警視庁の広報係でした」
「広報が何の用だ?」
「もう一人いたんで、そっちを調べてみると、捜査三課のしいつばきという刑事でした。調べてみると、吉祥寺きちじょうじやすたにという男とその仲間を逮捕したのが、この椎名と彩川でした」
「ほう、そういうことか」
 落ち着いた声の男が言う。
「こいつら、いろいろと嗅ぎ回っているようでして」
「嗅ぎ回っているわけではなく、捜査をしているんだろう?」
「まあ、そうなんですが」
「その刑事たちは、なぜここに目を付けたんだ?」
「それはわかりません。なんなら、今捕まえて、吐かせましょうか?」
 怒鳴っていた男が言う。
 つばきはギリッと奥歯をんだ。すぐ立ち上がれるように神経を研ぎ澄ます。
「君の頭には、暴力しかないのか? 刑事を捕まえてどうする? そんなことをすれば、当局を本気にさせるだけだ。ここを使えない者に未来はないぞ」
 落ち着いた声の男が言った。
 ここ、というのはおそらく頭のことだろう。
「それにしても、吉祥寺の件からここへたどり着くまでの期間は、想定していたより短いな。今晩中にここを引き払え。ちり一つ残すな」
「わかりました」
 怒鳴っていた男が応える。
 落ち着いた男ともう一つの影が倉庫を出て行く。
 つばきは少しだけ動き、ドア口の方を見やった。足下と影しか見えない。
 二人の男が出て行き、もう一人の男は立ち止まって、礼をしているのが姿でわかった。
 しばらく頭を下げて上体を起こすと、すぐにまた声を張り上げた。
「刑事がうろついている! しっかり見張ってろ!」
「わかりました!」
 上の男の返事を聞き、怒鳴っていた男も倉庫から出て行った。
 怒鳴っていた男が倉庫を出て少しすると、エンジン音がした。重厚なエンジン音だ。いい車に乗っているようだった。
 タイヤが砂地を嚙む音がし、車のエンジン音は遠ざかり、消えた。
 つばきは、鋼材を置こうとした。が、ふと手元を見て、止まった。
 これは……。
 他の鋼材も見てみる。
 安谷たちのバンから押収した基地局の鋼材に似た形の物が多い。
 解体した基地局の鋼材をここで保管しているのか?
 落ち着いた男も怒鳴っていた男も、吉祥寺の一件のことはよく知っているような話しぶりだった。
 いきなり、本命さん、ご登場というわけか。
 つばきの勘がささやく。
 目についた小さな部品を三つほど拾ってポケットに突っ込み、上で見張っている男の動向に注意しつつ、倉庫から抜け出した。
 表に出て、ふうっと大きく息を吐く。
 額や手のひらは汗ばんでいた。
「今夜、ここを引き払うと言っていたな」
 つばきは通用門から路上に出た。
 スマートフォンを出して、メッセージを打つ。
  〝すぐ、車に戻れ〟
 メッセージを送信したつばきは駆け出した。
 道路沿いの茂みを駆け抜け、車まで戻る。りおも戻り、助手席に乗っていた。
 つばきは助手席側のドアを開け、覗き込んだ。
「お疲れ様です。どこへ行ってたんですか?」
「倉庫の中。あんたこれを持って、本庁へ戻って。そして課長に渡してすぐ分析してもらって」
 つばきは持ってきた部品をポケットから出して、グローブボックスに入れた。
「先輩はどうするんです?」
「私はここで張り込み継続。今晩、動くよ、ここ」
「ホントですか! 誰かいたんですか?」
「話は後。急いで、分析してもらって」
「了解しました!」
 りおは助手席を降りて、運転席に回った。
「では、彩川、行ってまいります!」
「頼んだよ」
 つばきは言って、助手席のドアを閉めた。
 りおは大きくうなずいて、エンジンをかけた。ハンドルを握り締め、アクセルを踏み込む。
 車は急発進し、路地から飛び出した。
「危ない!」
 つばきがあわてて飛び退く。
 車はタイヤをきしませて左折し、猛スピードで消えていった。
「大丈夫かよ……」
 不安になりつつも、その場から茂みの中に移動した。
 スマホを出し、蘭子に電話をする。
「──もしもし、私。今から送るナンバーの登録者を割り出して、身辺探ってほしいんだけど。うん、超急ぎ。よろしく!」
 つばきは早々に電話を切り、蘭子のスマホに倉庫裏にあった白いワゴンの画像を送った。
 そして、倉庫に鋭い目を向けた。

▶#8-1へつづく


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