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連載

椰月美智子「ミラーワールド」 vol.37

【連載小説】自分が男より上だと思っている同性を見ると無性に腹が立つし、反対に女に守ってもらえる男を見ても頭にくる。椰月美智子「ミラーワールド」#5-5

椰月美智子「ミラーワールド」

※本記事は連載小説です。

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第十話

 始業式。入口に貼られた模造紙。新しいクラス編成だ。
「やった!」
 二年二組二番、池ヶ谷俊太
 二年二組十八番 中林蓮
 俊太くんとまた同じクラスになれた! めちゃくちゃうれしい。神さま、どうもありがとう。
──俊太くんと同じクラスにしてください! もし同じクラスになったら、思い切って告白しますから!
 と、交換条件をつけて神さまにお願いしていた。神さまにとってはなんの得にもならない話だ。ぼくにとっても、得なのか損なのかわからない。でも神さまは願いを叶えてくれた。約束は守らなければならない。
「一緒に帰ろうぜ」
 俊太くんだ。
「今日は部活ナシ。昼飯食ったあと、遊ぶ?」
 もちろん。ぼくは大きくうなずいた。
「じゃあ、あとで蓮の家に行くわ」
 いきなりのチャンス到来だ。どんな結果になっても、ぼくは平気だ。だって、元々ぼくはなんでもなかった人間なんだから。こんなふうに俊太くんと仲良くなれたことだって、夢みたいなことなんだから。
 事件のあと、もう一人のぼくはよく天井に行った。あのときは、天井のぼくのほうが本物で、地上にいるぼくのほうが偽者みたいだった。あの頃のことを思い出すと、人間って強いなあってつくづく思うんだ。辛い状態から脱出するために、ぼくはもう一人のぼくを作り出した。
 心療内科にはもう行ってない。ぼくにとっては俊太くんの存在のほうが、心療内科の先生よりも大きかった。俊太くんはぼくに力をくれた。
 コクったら、俊太くんはなんて言うだろう。きっと異性が好きだろうから、どん引きするだろうな。ぼくのことを気持ち悪く思うだろうし、もう二度と遊んでくれないかもしれないし、口も利いてくれないかもしれない。
 最悪のことは考え尽くした。辛いことを言われた場合のぼくの気持ちも、リアルに想像した。それはとてもキツい作業だったけれど、何度も何度もシミュレーションして、落ち込むところまで落ち込んだ。だから、もう大丈夫。ぼくは今日告白する。

「話があるんだ」
 俊太くんはゲーム機から顔を上げて、「なに?」とぼくを見た。さあ言え。気持ちを伝えろ、蓮。今だ、今しかない。
「ぼく……、俊太くんのことが好きなんだっ」
 声が裏返ってしまったけど、つっかえないで言えた。
 俊太くんは少しの間のあとで、
「それって、友達としてじゃなくて、恋ってこと?」
 と聞いた。ぼくは、うん、とうなずいた。
「そうか、了解。どうもありがとう」
「え?」
「気持ちを伝えてくれたんだろ?」
「うん。あっ、そ、それで、もしよかったら付き合ってくれたらうれしいんだけど……」
 俊太くんは少し考えるように目を動かしたあと、それはごめん、と言った。
「付き合うことはできないなあ。蓮のことは好きだけど、それは友達として好きってことだから、蓮の気持ちとは違うと思う。おれ、女子のことを好きになったこともないし、そういう気持ちがまだわからないんだよね」
 ぼくは、「うん、わかった」と答えた。付き合えるなんて、100パー思っていなかったから、ぜんぜん大丈夫だ。
「おれさ、蓮の気持ちうすうす知ってたよ」
 ぼくは驚いて俊太くんを見た。
「だって、ほらそこのスケッチブック」
「見たの!?」
 ごめんごめん、と俊太くんが笑う。スケッチブックはほとんど俊太くんで埋められている。自分で言うのもなんだけど、実物みたいに上手に描けている。
 ぼくが黙っていると、
「人を好きになる気持ちってどんなの?」
 と聞いてきた。
「その人のことを考えると胸がドキドキして苦しくなって、食事が喉を通らない感じがして……」
「ええ!? マジ? それって病気じゃん」
「でも、そのときめきがたのしくて、その人のことを考えると自分が強くなったように感じて、ものすごくうれしい気持ちになるんだ」
「へえ、恋ってすげえ。それにしても、蓮って大人だよな。もう恋してるなんてさ」
 その恋の相手が当の俊太くんだというのに、俊太くんが真面目な顔で言うので、笑ってしまう。俊太くんのこういうとぼけた面を知って、ぼくはさらに俊太くんを好きになった。
「俊太くん、これまで通り、ぼくと友達でいてくれる?」
「は? 当たり前だろ。なんだよ、その質問」
「気持ち悪かったりしないかなって……」
「そういうこと言うのやめろよ。なんで気持ち悪く思うんだよ? 嫌いですって言われたら落ち込むけど、好きですって言われたらうれしいじゃん」
 あっけらかんと笑顔で言う俊太くんがまぶしくて、ぼくはなんだか泣きそうになった。
「……よかった。俊太くんに嫌われたらどうしようかと思ってた」
「はあ? なんでそういう思考になるわけ? だっておれの状況はなにも変わらないじゃん。昨日だっておとといだって、蓮はおれのこと好きだって思っててくれたわけでしょ?」
 うん、とぼくはうなずいた。昨日もおとといも、もっとずっと前から好きだ。
「だったら、昨日も今日も変わらないじゃん。蓮が言ったか言わないかの差だけだし、それにおれ知ってたし。ぶはははは」
 そう言って俊太くんは笑った。ぼくも笑った。笑いすぎて涙が出た。ぼくは目尻を拭いながら、俊太くんは最強だと思った。俊太くんは最強だ。

    *****

澄田まひる

「ねえ、お母さん。これ、ちゃんと読んだ?」
 こないだ学級活動の授業で、生まれたときの性は女性だったけど今は男性として生きているという講師の先生が来て、特別授業をしてくれた。そのときに渡された保護者向けのアンケートだ。女男の権利について書いてある。
「読んだよー」
 と、スマホを見ながら母が答える。
「だって、全部『どちらでもない』に○してあるじゃん」
「うん、そう思ったから」
 うそばっかり、とまひるは思う。アンケートは「そう思う」「どちらでもない」「そう思わない」の三択だ。母はろくに読みもしないで、すべて『どちらでもない』に○をつけた。
・女男は平等だと思いますか?
・家庭内で、女男の役割があると思いますか?
・男性は女性に比べて、不利な面があると思いますか?
・家事や育児は男性が担ったほうがいいと思いますか?
・ジェンダーについて、家庭で話し合うことは必要だと思いますか?
・LGBTについて知っていますか?
 というような、簡単な質問が並んでいる。
「『女男は平等だと思いますか?』って質問だけど、お母さんは、本当に『どちらでもない』って思ってるの?」
 てか、「どちらでもない」ってなんなの? と思う。こんな三択にするから、答える側も真剣にやらなくなるではないか。もっとちゃんと作れ。
「平等だと思ってるわよ」
「お母さんの部署、紳士警官何人いるのよ。女男比教えて」
「ええっと、わたしのところは女が十四人で男が三人かな」
「ほら! ぜんぜん平等じゃないじゃない!」
「平等って、人数じゃないでしょ? わたしたちはみんな紳士警察官に敬意を持って接してるわよ」
「敬意って?」
「男だからってバカにしてないってこと。お茶くみなんてさせないし」
 思わず絶句する。
「……ねえ、お母さん、それが平等だって本気で思ってるの?」
「えー、なあに?」
「ちょっとスマホやめてよ。真剣な話してるんだけど!」
 はいはいと言って、母が顔を上げる。
「男をバカにしないとか、お茶くみさせないとか、そんなこと言うこと自体、男性蔑視なんだよ」
「あら、そうなの」
「そうだよ! だって、そんなこと女に対しては言わないでしょ!」
「まあ、そうだけど」
「お母さんの上司で、男性っているの?」
「それはいないわね」
「ほら! 平等じゃないじゃん」
「警察は昔から女の世界なんだから仕方ないじゃない。男が上に立ったって、統制とれないし」
 まひるは聞こえよがしに、大きなため息をついた。
「あとさ、たとえば名字のこと。お母さんは結婚したあとも昔と同じ『澄田』なのに、お父さんは『守山』から『澄田』に変えたんでしょ? それだって平等じゃないじゃない」
「パパがいいって言ったんだから、いいじゃない。パパの希望よ」
「今までの慣例に流されただけじゃん」
「流されるほうが悪いのよ」
「じゃあ、お父さんが名字を変えたくないって言ったらどうしてた? お母さんが変えた?」
 母はここで大笑いした。なぜ笑うのかわからない。
「変えるわけないでしょ」
「ねえ、じゃあ、お父さんが、名字を変えてくれなきゃ結婚しないって言ったらどうしてた?」
「うーん、だったら結婚しないかなあ」
「うそでしょ、マジで?」
「だってわたしが長女だし、兄は婿に出たから、澄田姓がなくなっちゃうじゃない」
「そんなの、男だって同じじゃん。お父さんはたまたま伯母さんがいたから旧姓も生きてるけど、男兄弟だったら名字なくなってたじゃん」
「それは仕方ないよねえ」
「男は女の所有物ってわけ?」
「まひるはすぐにそうやって、むずかしく考えるんだから」
「わたしは結婚しても夫婦別姓を選択するつもり。っていうか、お母さんと話してたら、なんだか夫の姓にしたくなってきた。わたし、澄田なんて継がないからね!」
「うちはともかもいるし、お好きにどうぞ。それにしてもさ、まひるって女のくせに男の味方なんだよね。不思議だわ。育て方間違えたかしら」
「なにそれ! どっちの味方もないでしょ! 平等じゃないって言ってんの! 時代に合ってないのはお母さんのほうだよ!」
「はいはい、それは悪うございました」
 ムカつく。
「アンケート書き直してよ」
「えー、いいわよ、それで」
「よくない。だって噓書いてるじゃん」
「だったらまひるが書き直しといてよ」
 もうっ! と言ってまひるは机を叩いた。母が大仰に目を丸くしておどけたふりをする。
「はーっ、それにしてもお腹空いたわね。パパまだかしら」
 それまで夢中でテレビを見ていたともかが、母の言葉に反応して、お腹空いたー、と声をあげた。
「お父さんはまだ仕事中だよ。たまにはお母さんが作ればいいじゃん」
 まひるが言うと、母は「これでお弁当でも買ってきてちょうだい」と財布からお金を取り出した。
「お母さんが行ってきてよ。わたし宿題があるんだから」
「いやよ、一家の主が買い物してるなんて、近所の人に見られたら恥ずかしいじゃない。そうでなくても、うちは婿しゆうと問題で揉めてるってご近所で有名なのに」
 呆れてものが言えない。舅っていうのは、お母さんのお父さんのことではないか。
「まじムカつく」
 まひるは自分の部屋へ向かって、どすどすと歩いた。ドアを閉める前に「やーねー、まひる姉ちゃん、反抗期だねー」とともかに向かって言う、のほほんとした母の声が聞こえた。力任せにドアを閉めた。

▶#5-6へつづく
◎全文は「小説 野性時代」第209号 2021年4月号でお楽しみいただけます!


「小説 野性時代」第209号 2021年4月号


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