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連載

椰月美智子「ミラーワールド」 vol.38

【連載小説】自分が男より上だと思っている同性を見ると無性に腹が立つし、反対に女に守ってもらえる男を見ても頭にくる。椰月美智子「ミラーワールド」#5-6

椰月美智子「ミラーワールド」

※本記事は連載小説です。

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 二年二組になって、中林蓮と同じクラスになった。蓮はおとなしいタイプであまり話したことはないけれど、勉強ができて絵がうまい。こないだまひるの好きな漫画のキャラクターを描いてと頼んだら、ものの五分でめっちゃクオリティの高いイラストを描いてくれた。
 そんな蓮が、とんでもない事件に巻き込まれたということが、まひるにはいまだに信じられない。あまりにひどい事件で、想像すると過呼吸みたいになって鼓動が速くなってしまう。
 蓮のことをコソコソと噂したりからかったりする女子が、クラスにまだ何人かいる。見つけたらその場で注意するようにしているが、するようにかぶせてくるので始末に負えない。
 けれど、池ヶ谷俊太の存在には大いに助けられている。俊太はイケメンで女子にモテる。俊太と蓮は仲がいいから、自然と俊太が蓮を守るような形になっていて、それだけで安心できる。二人が仲良くしているのを見るとうれしくなる。
「今日の日直は誰?」
 担任が朝からキンキン声を出す。まひるはこの教師が好きではない。ザ・体育会系で、常に大きな声でしゃべる。
 日直の男子が手を挙げると、
「男なんだから、カーテンぐらいちゃんと開けなさいよ。そんなんじゃ、お婿にいけないわよ!」
 と、怒鳴るように言った。何人かの女子がクスクスと笑う。
「先生!」
 まひるは手を挙げた。
「今の男性蔑視発言です。訂正してください」
「あー、澄田さんかあ……」
「男なんだから、って言葉おかしいです。訂正してください」
「おれもおかしいと思いまーす」
 俊太だ。何人かの男子が同調してうなずく。
「はー、そりゃあすみませんでしたね。これでいいかしらん?」
 冗談みたいに言えば、冗談になるとでも思っているのだろうか。ここでもまた何人かの女子が笑った。
「笑った人も同罪です」
 まひるの言葉に、一部の女子が顔を見合わせる。
「オンナオトコ」
 誰かのつぶやきが聞こえた。
「今の誰ですか。女性にも男性にも失礼です。撤回してください」
 ここで怒ったら同類だと思って、怒りを抑えて冷静に言った。結局、オンナオトコと言った女子は名乗り出なかった。まひるはつい先日、長かった髪をバッサリ切ったのだった。
「こういう髪型にしたいの」
 好きな芸能人の画像を父に見せた。ショートヘアがとってもかわいいアイドルだ。髪はずっと父に切ってもらっている。
「このぐらいでいいんじゃないの。かなり切ったよ」
 あごのラインで切りそろえたところで父が言った。
「もっとだってば。耳を出したいの。この画像だよ、ちゃんと見た?」
「見たけどさ。だってこれはずいぶん短いじゃない。男子は、短いの好きじゃないんじゃないの? こんなに切ったら、それこそ男の子みたいになっちゃうよ」
 カチンときた。
「なんで男子の好みに合わせるのよ! それに男の子みたいってどういう意味? どうしてここで男が出てくるのよ! わたしは自分が好きな髪型にしたいだけ!」
 父はごめんごめんと言って結局切ってくれたけど、ムキになったまひるは、もっと切って、もっともっと、と注文をつけ、思った以上に短くなってしまったのだった。
 オンナオトコと言ったのは、この髪型のせいもあるだろう。澄田まひるは面倒くさい。そんな噂をよく耳にする。仲のいい友達は、もう少し抑えたほうがいいんじゃないかと忠告してくれる。フンッ、無自覚な女子たちと一緒にしないでほしいと、まひるは鼻息荒く思う。
 自分でも、なんでこんなに頭にくるのかわからない。でも、自分が男より上だと思っている同性を見ると無性に腹立たしくなるし、反対に女に守ってもらえる男という立場に甘んじている異性を見ても頭にくる。
 小さい頃から女男を差別する気持ち悪い空気は、そこらじゅうにあった。保育園のスリッパは女の子はピンク、男の子はブルー。女の子らしく活発に、男の子らしく従順に。まひるが好きだった女の先生は、女性のくせに保育士なんてとたくさんの保育園を落ちたらしかった。
 昔読んだ絵本にも影響を受けた。人種差別擁護の団体が作成した本で、母が職場でもらってきた冊子のような薄い絵本だった。白い人が手足を紐で縛られて、列になって歩かされていた。ムチを持った黒い人や黄色い人に叩かれて、奴隷として働かされていた。こんな時代もあったのです。差別はやめましょう。という内容だった。黄色い人に、自分も含まれるのだと知ったときの衝撃は忘れられない。
 あの冊子絵本は、母も父も読んだはずだ。ひどい話だねえと言いながら、実際にはまったく身についていないことが今ならわかる。ただの世間一般の知識として読んだだけだろう。
「おれたち、気が合いそうだな」
 ホームルームが終わったあと、俊太に声をかけられた。まひるはうなずいて、
「わたし、生徒会に立候補しようかな」
 と宣言した。二年生で立候補する生徒は聞いたことないけれど、違反ではない。まひるは男子生徒たちの意識を高めたかった。そして三年になったら、ぜひとも男子に会長になってもらいたいという野望がある。
「いいね、応援する」
 俊太が言い、近くにいた蓮もうなずいた。
「澄田みたいなのが、総理大臣になってくれたらいいのにな」
「は? なに言ってんの? 男がならなきゃ意味ないでしょ! あんたたちがやりなさいよ」
 ぴしゃりと言うと、俊太と蓮は顔を見合わせて笑った。彼らみたいな男たちが国を動かしてくれたら世界は変わるのに、とまひるは本気で思った。

了 
本作は、単行本として小社より刊行予定です。

◎全文は「小説 野性時代」第209号 2021年4月号でお楽しみいただけます!


「小説 野性時代」第209号 2021年4月号


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