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連載

椰月美智子「ミラーワールド」 vol.12

【連載小説】不公平極まりない。結局、優遇されるのは女ばかりだ。 椰月美智子「ミラーワールド」#2-4

椰月美智子「ミラーワールド」

※本記事は連載小説です。

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 スーパーでの動画は、隆司のとっておきとなった。オバサンへのけんせいとして撮った動画だったが、自分への励みとしてとっておくことにした。店長のぜんとした態度に、世の中、捨てたものじゃないと思えた。あんな上司がいたら、さぞかし働きやすいだろう。
 それにしても団塊世代のオバサンたちには、ほとほと閉口する。承認欲求、うんちく欲求が強すぎる。SNSでもオバサンたちの言葉が炎上しているのをよく見かける。
「若い男の子を落とすには、まず知識。彼が好きそうな話題について、懇切丁寧に教えてあげれば、もう落ちたも同然。決め手はさりげなくももにタッチ。足の付け根のきわが性感帯。あくまでもさりげなくね」
 そんなパワハラ、セクハラを堂々と書き連ねる神経がまずわからないし、教えてやっていると言わんばかりの書き方にもが出る。若い男の子が、自分の母親より年上のオバサンを相手にするとでも本気で思っているのだろうか。キモすぎる。
「いらっしゃいませえ」
 義父がにこやかに挨拶する。義父と同世代の女性だ。開店五分前だけれど、義父の客だからいいのだろう。理容店だが女性客もいる。義父は顔そりがうまいので、それ目当てで来るお客さんも多い。
「襟足が伸びてきたから、すっきりと刈り上げてくれる? あと顔そりもお願い」
 義父が女性にケープを着けようと腕を前に回したとき、その客が義父の腕をとった。見るともなく見ていると、女性は義父の腕を自分の口に持っていき、チュッと音を立ててキスをした。隆司は驚いた。
「昭平ちゃんの腕って、筋肉質で素敵なんだもの。はい、もう一回チュッ」
 そう言って、本当にもう一度、義父の腕にキスをした。隆司は目をみはって凝視してしまった。
「よしてくださいよう」
 義父が笑顔で軽くかわす。そうこうしているうちに隆司のお客さんがやって来て、隆司は仕事に入った。手が空いた隙に隣を見るたび、女性客と義父との距離感がやけに近いのが気になったが、義父は終始笑顔だった。あまりに親しげなので、過去に義父となにかあったのだろうかと勘繰りたくなるほどだった。
「昭平ちゃん、どうもありがとね。かっこいい頭になったわ」
「こちらこそ、ありがとうございました」
「また来るわねー」
 女性客は、じゃあねと言って、義父にハグをした。義父はにこやかにハグを受け、にこやかに見送った。入口でしばらく見送っていた義父だったが、ババア、とつぶやいたのを隆司は聞き逃さなかった。
 義父に声をかけようかとも思ったが、その後の義父は、隆司に嫌みを言ったり、隆司のお客さんに軽く舌打ちしたりと、まったくいつも通りの意地悪ジジイだったので、結局そのままスルーとなった。
 予約のお客さんは少なかったけれど、今日は飛び込みのお客さんが多く、慌ただしかった。こういう忙しい日に限って、電話がひっきりなしに鳴る。手が空いているなら電話ぐらい出ろよ、と新聞を読んでいる義父を横目で見ながら、隆司はお客さんに断って電話に出た。
「ありがとうございます。理容室SUMIDAです」
「こちら、株式会社カクタスと申しますが、代表者さんいらっしゃいますか」
「どのようなご用件でしょうか」
 営業電話なら早く用件を言ってくれと、少し尖った声が出た。
「ええっと、すみません。代表者さまはいらっしゃいますか?」
「わたしです」
 この店を取り仕切っているのは隆司だ。
「え? あれ? 代表者の方のお名前、澄田ふささんとなっていますが……」
 義母の名前だ。ここは一応合同会社となっており、代表者名は女のほうがいいだろうということで、便宜上義母の名前を使ったのだ。
「いません」
 それだけ言って、隆司は電話を切った。
「誰から?」
 新聞から顔を上げて義父が聞く。自分は取らないくせに内容は気になるらしい。隆司は、「営業電話です」とだけ答えた。
 はーっ、とお客さんに気付かれないようにため息をつく。いろいろとモヤモヤする。代表者を義母の名前にしたことも、男では話にならないと思い込んでいる電話してきたやつも。代表取締役の肩書きを持つ義母は、今頃パチンコにでも行っているだろう。
「シャンプーに入りますね」
 笑顔で言いながら隆司は、誰に対してかはわからないが、なんともいえないムカつきを覚えていた。

▶#2-5へつづく
◎全文は「小説 野性時代」第206号 2021年1月号でお楽しみいただけます!


「小説 野性時代」第206号 2021年1月号

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