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連載

椰月美智子「ミラーワールド」 vol.7

【連載小説】女男平等なんておかしな話。女が外で稼いで、男は家を守る。それが上等。 椰月美智子「ミラーワールド」#1-7

椰月美智子「ミラーワールド」

※本記事は連載小説です。

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 今日の夕食はホイコーロー、豆腐となめこの味噌汁、レタスとブロッコリースプラウトとミニトマトのサラダ、里芋と人参とこんにゃくの煮物。和洋中折衷だなと思わず苦笑する。料理をするのは好きだ。美味しく仕上がった料理を、家族に完食してもらうときの満足感はなにものにも代えがたいし、そのあとの洗い物も好きな作業のひとつだ。家を建てるときに食洗機を検討したが、つけないで正解だったと思う。一つずつ丁寧に手洗いして、洗いカゴに伏せていくときの爽快感といったらない。
「はーっ、いいお湯だったあ」
 カラスの行水の千鶴が、もう風呂から出てきた。首にかけたタオルで濡れた髪をふきながら、お腹ぺっこぺこー、と言う。
 階段下から二階に向かって、「蓮くーん、食事だよー!」と声を張る。わかったー、と返ってきたすぐあとで、階段を下りてくる音がする。
「はいよ、ビール」
 着席している千鶴の前に缶ビールとグラスを用意すると、お先にー、とうれしそうに言って、ぐびぐびと飲み干した。
「おいしいなあ。お風呂上がりのビールのために仕事してくるようなものだわ」
 そう言って笑う。連が席に着いて、いただきます、と手を合わせる。千鶴はビール好きだが晩酌という感じではなく、ご飯を食べながら飲んでくれるのでありがたい。わざわざつまみを作らなくていい。
「進さんも飲めば?」
「いや、いい。鈴ちゃんが帰ってきてからにするよ」
「あ、そうか。鈴ちゃんは塾だよね。忘れてた」
 千鶴がぺろっと舌を出す。
「蓮くん、ピーマンもちゃんと食べろよ」
 回鍋肉のピーマンをよけて食べている蓮に、声をかけた。
「中学生にもなってピーマン食べられないのお?」
 千鶴がちゃかすも、蓮の皿の上ではピーマンだけがきっちりと端によけられている。
「ああ、そうだ。蓮くんのクラスに池ヶ谷俊太くんっている?」
 辰巳のことを思い出して、たずねてみた。
「いる」
「よく話すのか?」
「あんまり話したことない」
 だろうな、と進は思う。
「俊太くんは何部だ?」
「確か、バスケ部」
「へえ、背が高いのか」
「たぶん」
「たぶんって、なによ」
 千鶴が笑いながら会話に入る。
「なんでそんなこと聞くの?」
 ぶすっとしながら蓮が進に聞く。
「今日、PTAの集まりがあって、俊太くんのお父さんと会ったんだ。そういえば、蓮と同じ二組だなって思ってさ」
「ふうん」
 蓮はどうでもよさそうに鼻を鳴らし、テレビの電源を入れた。食事中、テレビはなるべくつけたくないが、食事中のスマホを禁止したのでこれぐらいは譲歩してもいいだろう。
 秋葉加代子総理大臣が映る。すぐさまチャンネルを替えようとする蓮に、「ちょっとそのままで」と頼み、ニュース画面に見入る。蓮が小さな舌打ちをしたが、聞こえなかったことにした。
「これ、まだやってるんだねえ」
 妻が呆れたような声を出す。テレビでは、大臣の収賄事件について野党が追及するVTRが流れていた。
「こんなことに時間取ってるなんて、ほんとばかばかしいよな」
 続いてのニュースは、秋葉首相の夫が公費を私物化して旅行に行ったうんぬん
「これもいつまでやってるんだろう。しつこいよねえ」
 さらに呆れた声を出して、妻が首を振る。
「本当に時間の無駄だぜ」
 進は呆れを通り越して、怒りで身体が震え出しそうになる。こんなどうでもいいことを、一体いつまで引っ張るんだと思う。野党は日本がどうなってもいいのだろうか。やるべき課題は山ほどあるじゃないか。
 続いて、財務省理財局による決裁文書改ざん問題だ。ふくやまよう元理財局長を、国会に証人喚問するとのことだ。財務省職員のしらいしたえさんが、すべて福山の指示です、という遺書を残して自殺したこともあり、収束のは立っていない。
 亡くなった人にこんなことを言うのもどうかと思うが、自ら命を絶ったということは、やましいことがあったからだろうと進は思う。真実ならば、生きて主張するべきだ。
「うわあ、次はこれだよ。ウンザリするわー。あはは」
 千鶴は進とは逆に、呆れを通り越すと笑ってしまうらしい。次のニュースは、やまもとりよう事件だ。総理付きの記者であった春日かすがりつに薬を盛られ、記者志望の山本涼真が春日にレイプされたという疑惑の裁判が行なわれたというニュースだ。
「こんなつまらないことがニュースになるんだから、世も末だわ」
 千鶴がおかしそうに笑う。
「だいたいなんで春日さんが、そんな若造を相手にしなくちゃいけないのよねえ? DNA鑑定だってシロだったんでしょ? あきらかに涼真の売名行為だよね」
 進は鼻の穴を大きく広げて、うなずいた。
「どうせ、涼真のほうが、胸板や股間を強調するような恰好をしていたんだろ。自分から誘っておいてレイプされたって騒ぐだなんて、ほんと恥知らずだよな。同じ男として情けない。そもそも、コネがほしくて春日さんに近づいたんだろ? 身体差し出すぐらい、想定内だろうよ」
 言った瞬間、しまったと思った。蓮の前で「レイプ」という言葉を使ってしまった。蓮はつまらなそうに、黙々と口を動かしている。こちらの話題は気にしていないらしかった。とりあえず、胸をなでおろす。
 先日銀行に行った際、置いてあった週刊誌に涼真のインタビュー記事が掲載されていたのだった。春日が、ほとんど意識のない涼真を裸にして、下半身をさんざんもてあそんだ挙げ句、レイプしたとあった。
 詳細が事細かに書かれてあって吐き気がした。薬を飲まされて記憶のない涼真が、なぜそこまで詳しいことを覚えているのか? そもそも夫も子どももいる春日さんが、なぜそんなことをする必要があるのか? 涼真など、春日さんの孫世代といってもいいぐらいの年齢だ。そんなガキを相手にするわけないじゃないか。誰が考えたってわかることだ。
 春日さんが秋葉首相とも親交があったというだけで、野党がここぞとばかりに攻撃している。SNSで「涼真を応援する会」が発足されてからは、デモまで巻き起こっている有様だ。
 公費流用も白石さんの自死も涼真の虚言レイプも、すべて秋葉首相をおとしいれるための罠だ。こんなことを、いつまで引っ張っているのだと心底腹立たしい。
「ねえ、チャンネル替えていい?」
 蓮が不満げな表情で、リモコンを手にしている。
「ああ、いいよいいよ。こんなくだらないニュース見たって仕方ないもんな」
 進が答えると、蓮はさっさとチャンネルを替えた。鈴が帰ってくるまでは、ビールは飲まないつもりだったが、ムカムカしすぎて飲まずにはいられなかった。進が冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、妻がわざと目を丸くして進を見て、どうぞどうぞ、と笑った。

▶#1-8へつづく
◎全文は「小説 野性時代」第205号 2020年12月号でお楽しみいただけます!


「小説 野性時代」第205号 2020年12月号

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