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連載

逸木 裕「空想クラブ」 vol.21

【連載小説】かつて親友だった真夜と涼子。二人の再会は最悪な結果をもたらす。少女の死の真相は? 青春ミステリの最新型! 逸木裕「空想クラブ」#21

逸木 裕「空想クラブ」

※本記事は連載小説です。

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 河原に着くまで、会話はなかった。隼人が手を替え品を替え色々な話題を振っていたけれど、涼子は無視をし続け、最後は隼人もさじを投げてしまった。
 荒川に着き、土手を上がる。川を見下ろしたところで、ぼくは河原の一点を指差した。
「真夜がいるのは、あそこだよ」
 真夜は、芝生の上に大の字に寝っ転がっていた。黄緑の芝生の上に、赤いパーカーがよく目立つ。
「見えないと思うけど、本当にいる。小さなころから、青空の下でこうしてみたかったって、最近はよく大の字になって寝てる。真夜は涼子に、そんな夢を語ってなかった?」
「とりあえずつれてって」
 ぼくは頷いて、河原へ続く道を下りていく。
 真夜はこちらに気づいたようで、慌てたように立ち上がり、パーカーやジーンズを払うように手でたたきだした。草なんてつくはずがないのに、気づいていないみたいだ。珍しく、緊張が感じられる。
「真夜。涼子がきたいって言うから、つれてきた」
 立ち止まった。涼子と真夜は、ちょうど向かいあうように立った。
 長身で、たぶんブランドもののおしゃれなコートを着た涼子と、背が低くて量販店のラフなかつこうをしている真夜。小学生のころは空気のようにんでいたふたりが、水と油に分かれてしまったみたいに見える。会っていなかった一年の重さが、ふたりの間に横たわっている気がした。
「真夜。何か、言いたいことはある?」
 すぐには返事をしない。ひもを固結びしたような表情で、長身の涼子を見上げている。
「涼子、ごめんね」
 真夜が口を開いた。ぼくはそれを言葉にして、涼子に伝える。
「涼子が大変な時期に、私、涼子に寄り添えなかった。涼子の気持ちが、よく判ってなかったんだ。ごめんなさい」
「寄り添うって?」
 ぼくのほうを向いて、涼子が聞く。
「涼子の私生活が大変だったのに、それを考えてなかった。涼子が出してたSOSを、汲み取ってあげられなかった。ごめんなさい、気が利かなくて。よかったら、また一緒に、光害調査をやってくれないかな」
「私生活が大変って、どういうこと?」
「ご両親の仲が、悪くなったことだよ。それで、涼子は不安定になってた」
「真夜が、そう言ってるの?」
 涼子はぼくを見つめながら言う。ぼくは頷いた。
「本当に真夜がここにいるの? 声も聞こえないし存在も感じない。それでも、吉見くんにだけは見えるってこと?」
「見えるし、聞こえる。ただし、触ることはできない」
「そう……」
 さっきから、ぼくたちを呼ぶ言葉が「小瀬くん」「吉見くん」になっている。
 涼子の表情が、心なしか柔らかくなっている感じがする。真夜がここにいることを、信じはじめているのだろうか。
「ま、どっちでもいいか」
 その言いかたが、少し引っかかった。声に、ざらざらとしたものが混ざった気がした。
「駿、止めろ」
 隼人が声を飛ばしてきた。その意味を理解する間もなく、涼子が言った。
「バッカじゃないの」
 真夜が、鋭く息をんだのが聞こえた。
「謝りたい? 小さいころから自分のやりたいことばっかりやって私を振り回して、いまさら何を謝るの? 一緒に光害調査をやろう? 私、光害調査なんてやりたくもなかったのに?」
「やめろ!」
「私、真夜といるのがつらかった」
 隼人が突進してきた。動物を捕獲するみたいに正面から涼子を捕まえ、この場所から遠ざけようとする。
「待って、小瀬くん!」
「隼人、真夜が待てって言ってる!」
 ぼくは叫んだ。涼子を押しだそうとしていたその身体が、ぴたりと動きを止めた。
「涼子の言葉を、最後まで聞きたい。だから待って」
「隼人。涼子が何を言うか、真夜が聞きたがってるんだ」
 隼人はがくぜんとしたように目を見開く。隼人、とぼくは諭すように言った。
 痛みをこらえるような表情になり、隼人はゆっくりと、その手をほどいた。
「うざ」
 汚れを払うように、涼子はコートをはたく。彼女がにらんだ先には偶然にも、真夜の顔があった。
「何を勘違いしてるのか知らないけど、別に親のせいなんかじゃないから。私は真夜といるのが嫌だった。だから離れた、それだけだよ」
「どうして? ふたりはあんなに仲がよかったのに」
「ただの幼馴染みってだけ。私はずっと、振り回されて迷惑してたんだ」
「でも、涼子はうれしかったんじゃないの? 真夜に振り回されることが」
「ふざけんなよ。そんなわけないだろ」
 涼子はぼくを見た。見下す感情の入った、嫌な目で。
「ていうかお前も目、覚ませよ。真夜がいるなんて妄想、いつまでやってんだよ」
「涼子、真夜はいるんだよ」
「判ったから、もう私に絡むな。天王星の話も、前に聞いてたんだろ? いつまでもお前らの妄想につきあってられないんだよ」
 涼子はくるりと背を向け、長い足をおおまたに使って立ち去っていく。ぼくも隼人も、どうしようもなく、ただその背中を見送ることしかできなかった。
 どさり、と音がした。
 真夜がその場に、うずくまっていた。
「真夜……」
 肩を上下させている。この身体は疲れないから便利と言っていた真夜が、重い怪我を負ったみたいに苦しんでいる。
「涼子をつれてきたのは、間違ってた。真夜、ごめん」
 なんとなく、話の流れでつれてきてしまった。何が起きるかの想像すらもせずに。
「涼子も真夜に会いたがってると思ってた。こんなことになるとは思わなかったんだ、本当に、ごめん!」
「いいよ、吉見くん」
 真夜の声は、震えていた。
「本当のことを知ろうとすると……傷つくときだってある。だから、受け止めなくちゃ」
「真夜……」
「科学の世界には、論文をねつぞうしたりする事件がいまでもたくさんある。真実から目を背けてかいざんしようとする科学者たちの気持ちは、私にも判るよ。人生をかけて何年もやってきた研究が間違ってたなんて……そんなこと考えただけで苦しくなる。私だって、耐えられないくらいきつい現実にぶちあたることがあったら、同じことをやるかもしれない」
 真夜はうずくまったまま、言葉を紡ぐ。
「でも、これくらいなら、我慢できる」
「これくらいって……」
「涼子が私のことをあんな風に思ってたなんて、知らなかった。私と一緒にいるときの涼子は楽しそうだったけれど、無理をしてただけだったんだね」
「そんなこと考えなくていいよ。そんな、つらいこと」
「私はいい。それだけのことをしたんだから。ただ、涼子には無理をさせちゃって悪かったなって、それは謝っても謝りきれない」
 真夜は顔を上げた。
 血が吹きでそうな傷口を、必死に手で押さえ込んでいるような表情だった。硬いものを飲みくだすように、真夜は唇を引き結んでいる。どんなに食道や胃が傷ついても、絶対に吐きださないとでも言うように。
 ──強い。
 現実の痛さに傷つくたび、ぼくは空想という傷薬に逃げていた。でも、真夜は違う。それに正面から向きあって、傷だらけになりながら受け止めようとしている。
 もっと弱ければ慰めることもできるのに、真夜はその余地を与えてくれない。周囲の人間は、ひとりで立ち上がる真夜を、ただ見ているしかない。その強さが、たまらなく哀しかった。
「真夜」
 ぼくは言った。前からなんとなく考えていたことだった。
「ぼくに、埋めあわせをさせてほしい」

「天体観測?」
 朝ごはんの場だった。父さんと母さんは、同時に声を上げた。
「そう。最近、天体観測にハマっててね。圭一郎が望遠鏡を持ってきてくれるから、明日の夜、みんなで夜通しそれを見ようかって話になってるんだ」
 ふたりとも目を丸くしている。それはそうだろう。いままで天文の話なんかしたことはないのだから。
「夜通しって、徹夜ってこと?」母さんがとがめるように言う。
「どうして夜通しやらないといけないの? 切りのいいとこで帰ってきなさいよ」
「明け方だけ見える星があるんだよ。人工衛星なんかも、朝によく見えるんだよ」
「自分で発光してないもんな。朝日が反射するから、人工衛星が綺麗に光る。そういえばお前、最近父さんの本とか読んでたもんなあ」
 父さんが乗ってきた。真夜に影響されて、天体の本を少しずつ読んでいるのは事実だ。趣味の人である父さんは、昔天体観測もかじったことがあるらしく本を何冊も持っていた。
「まあ、父さんはいいと思うぞ。ほかには誰がくるんだ?」
「隼人と圭一郎の三人。最近、よく遊んでるんだ」
「青春だねえ。俺も夜釣りでも行ってこようかなあ。おおあらいで、いいタコが釣れるんだよな。タコ、好きだろ、お前」
 父さんはしゅっしゅっと言いながら釣り竿ざおを操るジェスチャーをする。それを母さんが白けた目で見ている。自分が噓をついているのも忘れて、思わず吹きだしそうになってしまう。
 ──一晩、真夜につきあうよ。
 ぼくが出した提案は、それだった。
 真夜のために、一晩河原にいる。好きなだけ映画を観せてあげ、本を読ませてあげる。
 隼人と圭一郎は、明日すぐにはこられないと言っていた。望遠鏡を使って天体観測をさせてあげられればよかったけれど、いまから星の導入方法を覚えるのは難しいだろう。
 あんな出来事のあとでさすがに真夜はぐったりしていたけれど、ぼくの提案を喜んでくれたようだった。吉見くんに負担をかけてごめんね。でも、お言葉に甘えちゃおうかな──いつもは強がる真夜が、素直に好意に甘えてくれたのが嬉しかった。
 ──でも。
 もちろん、真夜に喜んでもらいたいと思って提案したことだ。涼子をあの場所につれていってしまったことへの反省もある。でも。
 ぼくの気持ちは、善意だけじゃない。
 ──真夜と、もっといたい。
 真夜があの場所にいるうちに、できるだけ時間を共有したい。ぼくの中に、醜いエゴがあった。隼人と圭一郎がこられないことも、むしろ喜んでいる。
 それでも、いいじゃないか。真夜が嬉しがってくれているのは、事実なのだから。
「大人の、引率の人はこないの? 子供たちだけで徹夜っていうのは、ちょっとね」
「隼人のお兄さんがきてくれるかもって言ってた。あそこ、兄弟の仲がいいから」
「そう。それならまあ、いいんだけど……」
 噓がすらすらと出てくる。ふたりを裏切っている後ろめたさは、ブラックホールに吸い込まれるように消えていく。

#22へつづく
◎後編の全文は「カドブンノベル」2020年9月号でお楽しみいただけます!


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