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連載

逸木 裕「空想クラブ」 vol.23

【連載小説】「ここからは、秘密にしろよ」レナの忠告に対し、駿は――。少女の死の真相は? 青春ミステリの最新型! 逸木裕「空想クラブ」#23

逸木 裕「空想クラブ」

※本記事は連載小説です。

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「やっぱ、駅前は明るいな」
 隼人が空に向かって一眼レフを構えている。今夜は、光害調査の日だ。『マンドラゴラ』でのショックを引きずりながらも、ぼくはなんとか活動に参加していた。
 三脚を使わなくても綺麗な夜空が撮れるようになってきたと、隼人は言っていた。圭一郎はあとで絵にしようとでも思っているのか、ぼくたちの様子を少し離れたところから見ている。
 真夜の光害調査は、新月の前後三日間、雲量が五未満のときにやるのがルールだそうだ。今日はその条件に当てはまる日で、ぼくたちは市内の観測ポイントを回っていた。SQMがあれば正確に夜空の明るさが判るのだけれど、いまは仕方がない。
「場所によって空の明るさって違うんだな。この辺は、一等星も見づらい」
 地上からの漏れ光の強弱が、空の明るさに影響を及ぼしているのだ。笹倉市の空は全般的に明るいけれど、照明の多い駅前の空は、特に白い。
「〈稲妻の日〉に雲の上で見た空、綺麗だったよな。圭一郎」
「そうだね」
「夜にスカイダイビングでもしないと、あんな位置から星空なんて見えない。もうちょっとゆっくり見とけばよかったな。次にあんなもん、いつ見られるか」
 珍しく感傷的なことを言って、隼人は自転車にまたがる。ぼくは自転車を手で押していた。骨折している圭一郎は荷台に座ってもらってふたり乗りしようと思ったけれど、無理があったので今日は徒歩で回っている。
「しかし、本当に大変だねこれ」スマホを見ながら、圭一郎がぼやく。
「街のあちこちを回らなきゃいけないし、定期的にやらなきゃいけないし。気軽に引き継ぐっていったけど、結構重労働だ」
「それでも、前よりは楽になったって言ってたぜ。なあ、駿」
 ぼくは頷いた。
 以前、グーグルマップを見ていて観測エリアが変わったことに気づいていたけれど、真夜に聞いたら、やはり前のエリアは広すぎたらしい。中一の四月、光害調査をはじめたときは張り切ってエリアを広く設定してしまった。その反省から、夏休みから観測する地点を変えて、狭くしたと言っていた。
「でも、なんか真夜っぽくないね、それ。エリアが広ければ広いほど燃える、そんなタイプな気がするけど」
「そのころは涼子も一緒に光害調査をやってたんだから、遠慮したんじゃないか? そういうところ、気遣うだろあいつ」
「でも、冬に涼子は離脱したんだろ? なら、もとの広さに戻してもよさそうなもんだけどな」
「真夜に言えよ。俺たちが、余計にあちこち回らなきゃいけない羽目になるけどなっ」
 隼人が自転車を走らせる。彼はさっきから、力を持て余したようにペダルを漕いで行ったりきたりしている。圭一郎はあきれたようにその背中を見つめた。
「そういえば、親御さんの許可は取れたの? 明日の夜、真夜と一緒にいる件は」
「うん、取れたよ」
「ぼくたちも行けたらよかったんだけどね」
「いいよ。一晩空けろなんて、そんなこと気軽に頼めない」
「幸い、天気はよさそうだし。頼んだよ」
 狙っていたわけじゃないけれど、天気予報は快晴だった。きっと明るくなった夜空でも、多少はマシな星が見られるだろう。
「でも、寂しいよな」
 いつの間にか隼人が、ぼくの横につけていた。
「何が?」
「だって、もうすぐ真夜と会えなくなるかと思うと、寂しいだろ」
 隼人が漏らした言葉に、ぼくは息を吞んだ。
「会えなくなる? なんで判るの?」
「あ? 圭一郎の手は来週には治るだろ。似顔絵を描いてばらいたら、たぶん〈子供〉は見つかる。そしたら一区切りだ」
「一区切りしても、真夜が消えるかは判らない。そうでしょ?」
 隼人が圭一郎と目を合わせる。確認するみたいな目で、圭一郎がぼくを見た。
「消えるって……真夜は、自由に動けるようになるんだろ? そう聞いたけど」
「……うん、そうだよ」
「なら、真夜のことだ。世界中を飛び回りだすだろうし、もうぼくたちが相手をしなくてもいい。〈空想次元〉の中で、友達もできるかもしれないし」
「それは、そうかもしれないけど……」
 あまり考えていなかった。真夜が上手く〈空想次元〉に留まれさえすれば、この集まりはずっと続くのだと思っていた。
「でも、また河原に集まろうよ。本を読んだり映画を観たり、そういうことは真夜にはできない」
「映画は観られるだろ? そんな便利な身体なら、映画館も入り放題だ」
 そういうことが言いたいんじゃない。身を乗りだそうとするぼくを、隼人が抑えるような仕草をする。
「もちろん、会う時間を指定してくれれば、いつでも行くよ。でも、いまみたいに、いきなりひとりで行っても、真夜がそこにいるとは限らないだろ?」
「それはそうだけど……」
「お前みたいに真夜と話せればいいんだけど、俺たちにはできない。〈子供〉が見つかったら、一区切りだよ。そうだろ?」
 確かに、その通りだった。そこまで考えていなかったけれど、ふたりの言うことは正しい。
 空想クラブは、もうすぐ終わる。
〈子供〉を見つけたあと、もし真夜が〈空想次元〉に上手くとどまれたとしても、関係ない。真夜があの場所から解放されたタイミングで、この集まりはもう終わりだ。
 隼人と圭一郎が精力的に手伝ってくれているのは、時期が区切られているからなのかもしれない。ゴールが見えないマラソンを走るのはつらいけれど、走る距離が決まっていれば頑張れる。
 最初から、みんなそのつもりだったのだ。ふたりとも、〈子供〉を見つけたらこの集まりを終えるつもりだった。
 そのことに、文句なんか言えるはずがない。こんな状況でも献身的に協力をしてくれるふたりには、感謝をするべきだ。でも──。
「それで、駿。ひとつ考えたんだけど」
「考えたって、何を?」
「来週、東中の創立記念日があるだろ? まあ、土日のどこかでもいいんだけど……」
 隼人が言った。
「真夜のために、前夜祭をやらないか」

 自宅のマンションの前に帰り着いたころには、二十時を回っていた。
〈最近よく夜に出歩いてるみたいだけど、本当に大丈夫なの?〉
 徹夜の話が出たせいか、今朝、とうとう母さんに釘を刺されてしまった。放課後は毎日河原に行って、ときどきはこうして夜まで出歩いているのだから、それも当然だろう。今後はいままでのように、外出許可が下りなくなるかもしれない。
 来年には、受験勉強もはじまる。隼人や圭一郎に言われるまでもなく、いつまでもこんな生活が続けられるわけはなかったのだ。
 やはり、真夜をあそこから解放してあげるしか、ないのだろう。真夜はぼくを介してしか、ほかの人とコミュニケーションが取れない。あの巨大な好奇心の持ち主をいつまでもあんなところに閉じこめておくなんて、残酷なことだ。
 ──でも、真夜は、上手く〈空想次元〉に留まることができるんだろうか。
 ──もしも留まれたとしても、もうあの集まりはなくなってしまう。
 ぐるぐると悩みが巡ってぼくをさいなむ。ぼくは自転車を引いて、駐輪場に向かった。
「やあ」
 突然、薄暗がりの中から声をかけられた。
 微妙に聞き覚えのある、女性の声。誰かを思いだそうとしていると、その顔が街灯に浮かび上がった。
 レナだった。
 思わず足が震えた。なぜこの人が、ぼくの自宅の前に?
 前に会ったときとは違い、今日の彼女は友達みたいな笑みを浮かべている。だが、信用できない。前回の彼女は、いたぶるようにぼくを威嚇してきたのだ。それに、ここにいたということは、自宅の住所を知られているということになる。その意味を考えて、ぼくはまた背筋が凍った。
「そんなに、緊張しないでよ。あたしも、こんなところで待ち伏せしてて悪かったと思ってる。本当は明日、下校に合わせて東中の前で待ってようと思ってたんだけど、早めに会えるなら会っちゃいたいなって思って。まさか、こんなにドンピシャなんてね」
「住所、涼子に聞いたんですか?」
「そう。あーでも、家を知ったからって何をするわけでもないから、安心してね」
 安心できるわけがない。ぼくはマンションの自室を見た。ベランダからは通りが見下ろせるので、母さんに見られると厄介だ。
「判るよ。こんな女といるところを親に見られたら、色々うるさいでしょ」
 茶髪を指差しながら言う。「少し歩こっか」返事を待たずに、レナは歩きだした。
 明るい夜の下を、ふたりで並んで歩く。レナは友好的な雰囲気を出し続けているけれど、いつ豹変するか判らない。警戒しながら、ぼくは彼女の横を歩いた。
「ええと、吉見、だったよね。あたしは朽木レナ」
 頷いた。名前も涼子から聞いたんだろう。
「吉見、今日『マンドラゴラ』に行ったんだって?」
「はい。郷原さんの弟くんに聞いたんですか」
「うん。あんたさー、自分が何したか、判ってる?」
 判らなかった。困った雰囲気を察したのか、レナは頭に手を当てる。
「オーケー、オーケー、そんなことだと思った。だから情報交換をしようと思ってきたわけ。あんたに虎の尾を踏まれたらしやにならないから」
「どういうことですか?」
「その前に確認させて。なんで『マンドラゴラ』に?」
 説明をするのは難しい。真夜があの夜見た〈子供〉を捜しているなんて言っても、信じてもらえるわけがない。
「涼子のことが、心配なんです」
 噓をつくのは苦手だけど、仕方ない。なんとかひねりだした言葉を、ぼくは続ける。
「昔の涼子と全然違うので、何かあったのか心配になって。それに、話してると、フラストレーションがたまってる気がしたんです。どんな人とつきあってるんだろうと思って、郷原さんのことを調べてました」
「なるほどね。それで、弟があそこに出入りしてるのを知って、見に行ったってわけか」
 レナは考え込むように上を見る。
「涼子が言ったの? 助けてほしいって」
 助けてほしい。その言葉が引っかかった。
「まあ、郷原さんもちょっとやりすぎてるかもしれない。涼子の家がセレブだからって、たかりすぎてるなって、正直思ってた」
「やっぱり涼子は、郷原さんに、お金を取られてるんですか?」
「それが心配で調べてたんじゃないの?」
 残念ながら、隼人の勘はあたったみたいだった。「仕方ない、きちんと話すよ」レナはふっと息をついて言う。
「一年と少し前かな。あの子から、あたしと話がしたいって連絡があった。うち、親が植木屋で、早乙女家の仕事をずっとやってて、前から軽い顔見知りだったんだ。あそこは新年会とか、大々的に人を集めてもちついて配るような家だから」
「話って、涼子の家庭の話だったんですか」
「もちろん。あの子の両親は前からすごい仲が悪くて、ついに去年限界を迎えちゃってさ。あたしのところも離婚してて片親だから、境遇近い人に相談したかったみたい。んで、何回か話をしてるうちに、あたしの仲間とも会うようになって、自然とうちらのグループに合流した。最初はよかったんだよね。涼子ものびのびと羽を伸ばせてる感じだったし、郷原さんも新入りがきたのを受け入れてた。でも、涼子が早乙女家の娘だって判った途端に、全部変わっちゃった」
 隼人の推測通りだった。初めて聞くふりをするのが難しい。
 でも、仕方ない面もあるんだよと、レナは続ける。
「郷原さん、家がひどいから」
「知ってるんですか?」
「ご近所さんだったのよ。昔、あたしのうちのアパートの隣に住んでたんだ。郷原さんのところも父親しかいないんだけど、まあクズだよ。働かないからいつも金がなくて、郷原さんは子供のころからボロボロの恰好で近所をうろついてた。大宮の話は、知ってる?」
 頷いた。詐欺の受け子をやっていたという話だ。
「郷原さん、貧乏がトラウマなんだよ。金がないっていう状態が恐怖なんだ。だから変な仕事もするし、詐欺を手伝うのも平気。前はまあまあ羽振りがよかったんだけど、少年院行っちゃったのがよくなかったわ。そういう仕事でも振ってくれる人脈が、なくなっちゃったからね。そんな相手の前に、ガチの金持ちを出したらどうなるか、判らなかったあたしがバカだよ」
「普通に働いたりとか、しないんですか。そんな状態なのに」
「あー、無理無理。吉見には判らないか。あのね、世の中には人と上手くやるとか、毎日同じところに行って働くとか、そういうレベルのことができない人もいるんだよ。おかしな環境でおかしな親に育てられて、おかしくなっちゃった人がさ。もちろん、変な家で育った人の全員がそうなるわけじゃないから、運みたいなもんかもしれないけど」
 ぼくは、郷原の弟くんのことを思いだしていた。
 彼は、気がつくとナイフを構え、ぼくに突きつけていた。挑発や威嚇といったあるべき間を何段階もすっ飛ばして、いきなりあそこまで行ってしまう唐突さ。郷原もああいう人間なのだとしたら、確かにまともには働けないのかもしれない。
「涼子がたかられてるって、どんな感じなんですか」
「別に脅して金を取ってるわけじゃない。買いたいものがあるから、いついつまでに何万円持ってきてくれないかとか、そんな感じ。でも、頻度が多くなってきてる。郷原さんの感覚もしてるのかも。毎週のようにそんなところを見るから」
「そうなんですか……」
「でも涼子もよくないと思うよ」
 少し、険のある口調になる。
「あの子、肝心なところで自分の意見を言わないから。相談してくれれば間に入れるのに、いつも言われるままに金持ってきて……あれじゃ、相手もおかしくなるよ」
 レナは忠告するように言う。
「まあ、心配なのは判るけど、そこまで深刻な状態じゃないし、あんまかき回さないでくれる? 郷原さんから無理に引きがしたりしてキレられたら、誰も止められないよ。あちこちで危ない事件起こしてるって話、聞いたことあるでしょ?」
「でも、涼子がお金を一方的に取られてるなんて、かわいそうです」
「そう思う?」
 レナはのぞき込むように、ぼくを見た。
「いまの話を聞いて、涼子のことがかわいそうだと思った?」
「違うんですか? だって、お金を取られてるなんて」
「……まあ、判らないなら、いいか」
「何が判らないんですか」
「世の中には、色々な人がいるんだよ」
 かわされてしまった。問題はここからだよ、とレナの声が硬くなる。
「だからって、『マンドラゴラ』に行ったのはよくない。余計なことしてくれたよ」
「あの店が、なんなんですか」
「ここからは、秘密にしろよ」

#24へつづく
◎後編の全文は「カドブンノベル」2020年9月号でお楽しみいただけます!


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