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連載

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」 vol.17

【連載小説】生死を賭けた試練に挑む、遣唐使・井真成。死闘ののち、真成は杜子春らと旅に出た。夢枕獏「蠱毒の城――月の船――」#94〈前編〉

夢枕 獏「蠱毒の城――月の船――」

※本記事は連載小説です。



前回までのあらすじ

遣唐使の井真成は、閉ざされた城内での殺し合いに参加する。心強い仲間を得た真成は、立ちはだかる敵・銭惟演を打ち破る。戦いの後、杜子春と呼ばれる青年が現れ、生き残った十二名を含む四十九名で旅に出ると告げる。さらに城内でかつて人間を贄に使った蠱毒という呪法が行われたこと、自分たちの殺し合いもまた蠱毒であったことを知る。旅立った一行は常羊の地で、屋敷に立ち寄る。真成はこの地で釣りをした太公望の針を探すよう命じられた。

二十章 太公望の針

 邯鄲少年行  高適

 邯鄲城南游俠子
 自矜生長邯鄲裏
 千場縦博家仍富
 幾處報讎身不死
 宅中歌笑日紛紛
 門外車馬如雲屯
 未知肝膽向誰是
 令人却憶平原君
 君不見今人交態薄
 黄金用盡還疎索
 以茲感歎辭舊遊
 更於時事無所求
 且與少年飲美酒
 往來射獵西山頭

 かんたんしようねんこう  こうせき

 かんたんじようなん ゆうきよう
 みずかほこる かんたんうちせいちよう
 せんじよう はくほしいままにしていえ
 いくしよあだむくいてせずと
 たくちゆうしよう ふんぷん
 もんがいしや くもたむろするがごと
 いまらず かんたん たれむかってかなる
 ひとをしてかえってへいげんくんおもわしむ
 きみずやきんじんこうたいうすきを
 おうごん もちつくさばさくたり
 ここもつかんたんしてきゆうゆう
 さらおいもとむるところ
 しばらくしようねんしゆ
 おうらいしやりようせん 西せいざんほとり

(一)

 せいは、麻の袋を担いで、路地から路地へと歩いている。
 向かっているのは、ちゆうてんである。
 女が待っているからだ。
 急ぎたいが、急がないようにしている。なるべくいつものように足を運ばなければならない。怪しまれないように。
 しかし、自然に足は速くなってしまう。
 いつものようにと思っても、いつも、自分はどうやって、どのくらいの速度で歩いていたか、いざとなるとまったく思い出せない。それはそうだろう。こういう時に、普段、自分がどんな歩き方をしているのかわかるやつなんて、どこにもいないだろう。
 人通りは少ない。
 だから、見られる心配は──いや、見られても中身が何であるかなんて、わかりはしないのだ。
 それとも、見た人間は、みんな、この袋の中身が何であるかわかっているのだろうか。
 だからといって何だ。
 みんな、どうせ、隠れて同じようなことをやっているに違いないのだ。こんな時に、わざわざ他人のことなんか心配しちゃいない。今、あそこを、荷車をいて通ってゆくやつだって、荷の上にこもかぶせて見えなくしているが、その下には、今、自分が背負っている麻袋の中に入っているのと同じものが入っているかもしれないのだ。
 久しぶりの獲物だった。
 十日ぶりだ。
 この頃では、みんな、気をつかって、子供を外に出さないようにしている。子供は子供で、事情は薄々わかっているので、外を独りで出歩くことはない。
 この袋の中に入っている六歳くらいの子供ならば、今、何が起こっているか、そのくらいはわかるだろう。
 しかし、家の中が安全とは限らない。
 なにしろ、親が自分の子供を殺して、その肉を売りにゆくのだからな。いや、売るんじゃない。他の子供の肉と、交換しにゆくのだ。さすがに自分の子供の肉はえないからな。だから、肉屋で、他の子供の肉と、自分の子供の肉を交換して、喰う。
 身体からだをばらばらにけして、同じ重さの肉と交換するのだ。
 何しろ、この邯鄲中の動物──牛、馬、犬、鶏、猫にいたるまで、みんな喰ってしまったのだ。
 木の根から草まで、みんな腹に入れて、くそにしてしまったのだ。
 しかし。ひどいことだな。
 自分の子供を他人に喰わせて糞にしてしまうんだからな。
 それも、売りにゆく時は、生きたまま、自分で歩かせて、肉屋まで連れてゆくやつも多い。子供がいない家は、カミさんを肉屋まで連れてゆく。自分で歩かせて。
 その方が、背負わなくていいからだ。
 そこで、子供やカミさんが、首を切られ、血をぬかれ、心臓や、腸や、肝を分けられ、解体されて、目方で売られるのだ。
 ひどい。
 ひどいが、他に、どうやれば生きてゆけるというのか。
 この、今、おれが背負っている子供だって、このまま家にいたら喰われてしまうと思って、逃げてきたのかもしれない。
 だから、人の多いところじゃなくて、人のいない、崩れたどうかんの中に隠れていたんだろう。
 そこで、おれに見つかってしまったんだ。
 おれに見つかって、この子は逃げようとした。
 あたりまえだ。
 それを、おれは、呼び止めたのだ。
 優しい言葉で。

後編につづく
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