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連載

北上次郎の「勝手に!KADOKAWA」 vol.25

北上次郎の勝手に!KADOKAWA 第25回・植村峻『贋札の世界史』

北上次郎の「勝手に!KADOKAWA」

数々の面白本を世に紹介してきた文芸評論家の北上次郎さんが、KADOKAWAの作品を毎月「勝手に!」ご紹介くださいます。
ご自身が面白い本しか紹介しない北上さんが、どんな本を紹介するのか? 新しい読書のおともに、ぜひご活用ください。

誰が偽造するのか?


植村 峻『贋札の世界史』
定価: 968円(本体880円+税)


 本書の後半に、戦時における相手国紙幣の偽造作戦、という項があるのだが、これが興味深い。たとえば19世紀初頭、フランスのナポレオン一世はオーストリア帝国を破ったあと、腹心のフーシェに命じ、ウィーン国立銀行券のグルデン紙幣を偽造させた。このときのフーシェの方法が画期的(?)だ。フランスの占領下にあるオーストリア銀行を接収し、本物の印刷版面をパリに送って、ウィーン国立銀行券を大量に印刷したのだ。版面が本物なので偽造といっても本物とほとんど同じである。厳密には、パリで印刷したものは用紙が本物に比べてやや青みのある色調をしていたので、注意深く観察すれば偽造であることがわかるが、違いはその程度なので、疑いを持たれることはなかったという。
 ナポレオンはその後も、ロシア帝国と戦ったときはロシアの二五ルーブル紙幣を偽造したが、それは相手国の経済を混乱させる目的以外に、遠征による戦費の不足をカバーするためでもあったという。
 ようするに、国が偽造紙幣に乗り出せば、発覚することはきわめて少ないということだ。たとえば、ナチス・ドイツは第二次大戦時、強制収容所の中に偽造券製造工場を設置してイギリスのポンド紙幣をつくった。一時期、月間製造枚数が約四〇万枚に達したが、あまり新しい紙幣が大量に流通すれば怪しまれるので、収容所の人々が紙幣に手垢をつけ、折り曲げるなどして古く見せかけたという。面白いのはこの先で、偽造券には品質にばらつきがあるため、一級品は危険を伴う敵国侵入のスパイが使用するものとし、二級品は占領地域でのドイツへの協力者やシンパへの支払い用、三級品は小口の取引に使用、とわけていたことである。
 ドイツの降伏寸前に、印刷機や完成した偽造券をオーストリア国境に近いトプリッツ湖畔に運び、重石をつけて湖底に沈めたものの、その一部が下流に流れて発覚。発見された枚数は、一二〇〇万枚に達したと伝えられているからすごい。


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