北上次郎の勝手に!KADOKAWA 第24回・武内涼のデビュー作を読む
北上次郎の「勝手に!KADOKAWA」

数々の面白本を世に紹介してきた文芸評論家の北上次郎さんが、KADOKAWAの作品を毎月「勝手に!」ご紹介くださいます。
ご自身が面白い本しか紹介しない北上さんが、どんな本を紹介するのか? 新しい読書のおともに、ぜひご活用ください。
武内涼のデビュー作を読む
武内涼『阿修羅草紙』が第24回の大藪春彦賞を受賞した。未読だったので、あわてて書店に買いに走ったが、待てよ、デビュー作を読んでいないじゃないかと気がついたので、その受賞作の前に、まずは武内涼のデビュー作を読もう。話はそれからだ。と取り出したのが『忍びの森』。
第17回の日本ホラー小説大賞の最終候補作になった「青と妖」を徹底的に改稿し、『忍びの森』と改題して角川ホラー文庫の1冊として上梓したのが2011年。その角川ホラー文庫の解説(東雅夫)によると、選考委員の貴志祐介の強力な推輓を得て出版が決まったという。
いやあ、貴志祐介すごい。ホントに面白いのだ。全体が480ページもある長編だが、最初の100ページと、エピローグ的なラストの20ページを除く360ページが、つまりこの物語の大半ということだが、なんと山深い地の荒れ寺から一歩も出ないのである。同じ舞台が延々と続くのである。それでは飽きるだろ、と誤解するムキもあるかもしれないが、これが全然飽きない。
この寺にやって来たのは、伊賀の忍者6人。なぜやって来たのかは割愛。織田信長から逃げてきた、と書くにとどめておく。第二次天正伊賀の乱が背景にあると思っていただければいい。そこに同じ伊賀でもちょっと複雑な関係の忍者が2人合流する。つまり忍者が8人。彼らが妖かしの寺で、魔物たちと戦うのである。そのファンタジックで壮絶な戦いがキモ。つまり、山田風太郎ばりの伝奇小説なのだ。
さらに、これは冒頭近くに出てくるシーンだが、伊賀を攻めた織田軍が戦いの合間に食事する場面がある。狐、狸、熊などを殺して食べ尽くすくだりだ。そこに作者はこう付け加える。
「我が国で肉食が倦厭され魚食に偏重するのは、戦国ほど強い体を求めなくなった江戸の世に入ってからである」
物語を中断して作者の注釈を入れる方法は司馬遼太郎を彷彿させる。なんだか武内涼の他の作品も読みたくなってきた。