北上次郎の勝手に!KADOKAWA 第23回・大門剛明『雪冤』
北上次郎の「勝手に!KADOKAWA」
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数々の面白本を世に紹介してきた文芸評論家の北上次郎さんが、KADOKAWAの作品を毎月「勝手に!」ご紹介くださいます。
ご自身が面白い本しか紹介しない北上さんが、どんな本を紹介するのか? 新しい読書のおともに、ぜひご活用ください。
今月の「解説買い」はこれだ!
先月に引き続き、面白そうな解説を探して文庫本を買ってみようと決め、文庫本コーナーに行った。大門剛明『雪冤』に手が伸びたのは、この人の新作を複数の人がツイッターで褒めていたからだ。『雪冤』を見た途端に、そのことを思い出した。文庫本コーナーからその『雪冤』を抜き出し、解説を読む。「まず最初の四行を見てほしい」と山田宗樹は言うのである。この小説の冒頭が素晴らしい、と絶賛するのだ。
内容を語る前に、冒頭を褒めるのは珍しい。とても気になるので、この文庫本をレジに持っていった。あとは家でゆっくり読もう。
小説の冒頭でいまでも忘れられないのは、岡嶋二人のコンビ解散後に書いた井上夢人の第1作『ダレカガナカニイル…』だ。この冒頭は男が地方都市の駅に降りるシーンである。で、駅から離れたところにある洋館に向かうのだが、この男が何者なのか、語られないのだ。だから、どこに行くんだろう、何が目的なんだろう、こいつはそもそも何者なんだろうとどんどん引きつけられる。結局この男は警備員として雇われた男なのだが、その後に始まる物語は忘れても、この冒頭はいまでも忘れていない。
反対に、こういう冒頭はイヤだなと思ったのが、M・W・クレイヴン『ブラックサマーの殺人』。主人公のワシントン・ポーがいきなり逮捕されるところから始まるのだ。これは終わりのほうにも出てくるシーンで、それを冒頭に持ってきたわけ。ほらほら、今回はポーが逮捕されるんですよ、と読者の興味を引くテクニックで、珍しくないものの、クレイヴンがこんなことをやるとは思わなかった。というのは、前作『ストーンサークルの殺人』が素晴らしい作品だったからだ。そんな安易な、手垢のついたテクニックを使わなくてもいい作家なのである。もっと読者を信じろと言いたくなった。
小説にとって冒頭はとても大事なのである。それを褒めるのだから、『雪冤』を読みたくなる。この『雪冤』は、横溝正史ミステリ大賞大賞・テレビ東京賞をW受賞した大門剛明のデビュー作なので、そんなことをいまさら言われなくても読者は文庫本を手に取るのかもしれないが、知らなかった私は(知らずにすみません)この解説を読んで買う気になった、という話である。