北上次郎の勝手に!KADOKAWA 第17回・水野一晴『自然のしくみがわかる地理学入門』
北上次郎の「勝手に!KADOKAWA」
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数々の面白本を世に紹介してきた文芸評論家の北上次郎さんが、KADOKAWAの作品を毎月「勝手に!」ご紹介くださいます。
ご自身が面白い本しか紹介しない北上さんが、どんな本を紹介するのか? 新しい読書のおともに、ぜひご活用ください。
東京の地形と初恋
帯のコピーが目に止まって、つい手に取った本だ。そこにはこうあった。
「新宿に集まる高層ビル 実は『氷河』のせいなんです」
「高層ビル」と「氷河」の取り合わせが素晴らしい。なんだそれは? とつい立ち止まってしまう。その下に小さく、「意外な秘密に目からウロコの地理学講義」とあるから、大変にわかりやすいのもいい。
大森貝塚の発見をめぐって、モースとシーボルトの次男が争ったこと。大阪駅のある梅田の語源は「埋め田」であるように地盤が泥層であること。渋谷、中目黒、都立大学駅に盗撮事件が多発しているのは、そこいらが洪積台地に刻まれた沖積低地だからであること(ようするに高低差があるので階段が長い)。
——本筋から少し離れた、こういう箇所を興味深く読んだが、個人的にいちばん好きなのは次のくだり。28ページに「12万年前」から現在まで、6時代の東京の断面の変化図が載っているが、古代からあまり変わっていないのが特色で、「このように山手線や東横線に乗っているだけで、東京の地形の成り立ちや形成時代がわかる」と著者は書いている。面白いのはこの先だ。
極貧生活を送っていた若き日に、気になる女性を誘ったら、ディズニーランドに行きたいと言われ、「それよりももっとおもしろいアトラクションがある」と150円で山手線を一周。で、東京の地形が氷河期に形成され、その影響をいまでも受けていることを彼女に説明したものの、彼女はまったく興味を示さなかったという。その若き日の体験譚を本書に記した著者は、ディズニーランドに行く金がなかったから、と書いているが、自分がいちばん興味を持っていることを彼女に伝えたかった、という思いも強かったのではないか。青春のほろ苦い回想だが、とてもいい話だなあと思う。