北上次郎の勝手に!KADOKAWA 第18回・久坂部羊『オカシナ記念病院』
北上次郎の「勝手に!KADOKAWA」

数々の面白本を世に紹介してきた文芸評論家の北上次郎さんが、KADOKAWAの作品を毎月「勝手に!」ご紹介くださいます。
ご自身が面白い本しか紹介しない北上さんが、どんな本を紹介するのか? 新しい読書のおともに、ぜひご活用ください。
久坂部羊「強化月間」だ!
久坂部羊は2003年5月刊の『廃用身』でデビューした作家であるから、その作家活動はもう18年になる。であるのに、2021年4月刊の『MR』を読むまで、その作品を読んだことがなかった。逆にいえば、まったく読んだことのないベテラン作家の作品をこのとき初めて読んだわけで、なにか『MR』に惹かれるものがあったんですね。読んで、ぶっ飛んだ。面白いのだ。情報がてんこ盛りで痛快で、ずいぶん昔、梶山季之の作品、たとえば『黒の試走車』とか『赤いダイヤ』などを読んだときの興奮を思い出す(たとえが古くてすみません)。つまり平たく言えば、通俗小説の面白さがぎっしりとつまっていたのである。これまで知らずにすみません。
で、急いで久坂部羊の全作品を買ってきた。その時点で、長編が17冊、短編集が6冊。18年間だからさすがに作品が多い。これを全部読むぞ、と思ったが、仕事柄新刊を先に読まなければならないので、時間がなかなか取れない。そこで角川書店の本だけでもこのコラムで取り上げることを思いついた。KADOKAWAからは長編3冊が出ている(その他に短編集も1冊ある)。その長編3作をこれから3カ月間、ここで取り上げていく。その合間を縫って他の本も読んでいくから、年内にはたぶんすべての久坂部羊の作品を読み終わるだろう。2021年下半期は「久坂部羊、強化月間」だ。
で、トップバッターは『オカシナ記念病院』。小説野性時代に連載されたのち、2019年12月に刊行された。第13長編である。帯に「医療エンタメの新境地」とあるが、久坂部羊をまだよく知らないので、この意味がわからない。だから推測だが、たぶん全体を貫くユーモラスな雰囲気が久坂部羊にとっては異色なのだろう。
主人公は新実一良。2年間の後期研修のために南の島へやってくる。医師と患者の関係が濃厚そうな離島の病院を志願してやってくるのだが、都会の病院とはまったく違うやりかたに新実一良は戸惑いの連続。そのカルチャーショックが本書の中心だ。いやあ、面白い。検査も治療も必要ない、という「岡品記念病院」の方針に思わず納得する。延命治療はしないでくれ、とずっと以前から家族に伝えている私にとって、「岡品記念病院」の方針は全面的に賛成で、新実青年もここで多くのことを学んでほしい、と思いながら読み進んだのである。