北上次郎の勝手に!KADOKAWA 第19回・久坂部羊『介護士K』
北上次郎の「勝手に!KADOKAWA」
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数々の面白本を世に紹介してきた文芸評論家の北上次郎さんが、KADOKAWAの作品を毎月「勝手に!」ご紹介くださいます。
ご自身が面白い本しか紹介しない北上さんが、どんな本を紹介するのか? 新しい読書のおともに、ぜひご活用ください。
久坂部羊は面白い
前回紹介した『オカシナ記念病院』の中に、医師の次の台詞があった。
「どうしておまえはそう患者を生かすことばかり考える。人間はいつか死ぬんだ。だから上手に死ぬことを考えんといかんだろう」
この台詞を思い出したのは、『介護士K』の中に、こんな台詞があるからだ。少し長くなるが、重要なので引いておく。
「老人の死は不幸じゃないんだ。七十四歳なんてのは理想の死に時だぞ。これから待ち受けていることを考えてみろ。老いて衰えて、ダメになっていく自分を受け止めなきゃならん。トイレも行けなくなって、オシメや管の世話になる。食事も満足にできず、味もわからず、目も見えない、耳も遠くなる、風呂にもひとりで入れない。そんな状態で死なずにいてもつらいだけだろう」
この考え方は『オカシナ記念病院』と似ている。ただし、内容はまったく違っているのが興味深い。
その話の前に、この『介護士K』を少しだけ説明しておくと、これは「小説 野性時代」に「老園の仔」として連載されたものを改題して2018年に上梓されたものだ。
先に触れたように、モチーフは似ているのに、物語の方向がまったく異なるところが面白い。『オカシナ記念病院』は前回紹介したように、ユーモラスな雰囲気が漂う長編だった。ところが、介護の問題と安楽死問題をテーマにしたこの『介護士K』は、「長生きで苦しんでいる人は、早く死なせてあげたほうがいい」と公言する介護士・小柳恭平を中心にしたもので、とことんシリアスなのだ。
介護施設で入居者の転落事故が発生し、その真相を探るかたちで物語は進行していくが、小柳恭平が犯人だったのかどうかは、謎のまま終わっていることに留意。誰が犯人であったのか、ということよりも、小柳恭平とはそもそも何者であったのか、という一点に物語の焦点が合わされている。読み終えたあとも何かが残り続けるのはそのためだ。