北上次郎の勝手に!KADOKAWA 第16回・横溝正史『雪割草』
北上次郎の「勝手に!KADOKAWA」
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数々の面白本を世に紹介してきた文芸評論家の北上次郎さんが、KADOKAWAの作品を毎月「勝手に!」ご紹介くださいます。
ご自身が面白い本しか紹介しない北上さんが、どんな本を紹介するのか? 新しい読書のおともに、ぜひご活用ください。
もじゃもじゃ頭の青年が登場する!
小栗虫太郎『亜細亜の旗』を読んだあとで、そういえば、横溝正史にも未刊行長編があり、その発見がニュースになったことを思い出した。うかつなことに、すっかり忘れていたのだ。
改めて書いておくと、二松学舎大学が所蔵する横溝の膨大な遺稿類の中から、長編『雪割草』の草稿の一部が発見され、それをもとに、同大学の山口直孝教授がその全体を発掘し、2018年に戎光祥出版から刊行されたとの経緯がある。おお、そうだった。それではこちらも読んでみよう、と思ったとき、その『雪割草』が折よく角川文庫に入ったのである。
これは新潟毎日新聞に昭和16年6月から12月まで連載されたもので、なんと800枚の長編だ。この未刊行長編がこれまでの著作目録から落ちていたのは、小栗虫太郎『亜細亜の旗』とほぼ同じ事情にある。というよりも、横溝正史『雪割草』を発見したので、まだ地方新聞にはこういう未刊行の小説が眠っているのかも、と調査を続けていた山口氏が発見したのが小栗虫太郎『亜細亜の旗』だった。つまり、横溝正史『雪割草』のおかげで、小栗虫太郎『亜細亜の旗』は世に出たとも言えるのである。
横溝正史『雪割草』もまた、通俗恋愛小説だ。文庫版600ページという長丁場だが、あっという間に読み終えるほど面白い。私、この手の小説が好きなのかも。たしかに人物造形がやや類型的で、悪党も結局は改心してハッピーエンドになるなど、現代の小説を読み慣れている読者にはやや物足りない点が残るかもしれないが、この読みやすさはただごとではない。ミステリー界の一流作家は他のジャンルを書かせても一流なのである。
それに、ここに出てくる「お釜帽をかぶった、もじゃもじゃ頭とよれよれの袴姿」の青年、賀川仁吾は、金田一耕助の原型といっていい。つまり、貴重な資料としても一級品であり、ぜひ一読をすすめたい。
▼横溝正史『雪割草』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321912000324/