北上次郎の勝手に!KADOKAWA 第14回・澤宮優 イラスト/平野恵理子『イラストで見る昭和の消えた仕事図鑑』 昔は「氷屋」が一般家庭に配達に来た?
北上次郎の「勝手に!KADOKAWA」
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数々の面白本を世に紹介してきた文芸評論家の北上次郎さんが、KADOKAWAの作品を毎月「勝手に!」ご紹介くださいます。
ご自身が面白い本しか紹介しない北上さんが、どんな本を紹介するのか? 新しい読書のおともに、ぜひご活用ください。
澤宮 優『イラストで見る昭和の消えた仕事図鑑』
山本一力のデビュー長編『損料屋喜八郎始末控え』を読んだとき、「損料屋」という存在を初めて知った。鍋や布団などの日用品を貸し出す職業のことだが、江戸時代の庶民は茶碗まで業者から借りていたというから驚く。ところが本書を読むと、そういう生活用品を貸し出す「損料屋」は、江戸時代にとどまらず、昭和まであったという。さらに、都内では子供を貸す店もあり、子供を借りて道や橋に立たせ、たわしやマッチを売らせたというから、いやはや。子供を使うのは同情を引くためだったようだが、そういう時代があったという事実を前にすると、複雑な気持ちになる。
これはいまでいう「レンタル屋」で、工事現場の宿舎などはいまでも布団の貸出業者の世話になっているから、完全になくなったわけではないことにも触れておく必要がある。
「氷屋」もそういうひとつで、いまでも酒場などに氷を配達する業者はいるから、これも「消えた仕事」ではない。しかし昔は、一般家庭に氷屋が配達していたから、実態は少し違っている。電気冷蔵庫が普及する前、一般家庭では木製の氷蔵庫を使っていた。これは電気を使わず、氷の塊をいちばん上の氷室に入れ、その冷気で下の段に置いた食物を冷やすもので、そのため毎日氷を買う必要があった。私が幼いころは、この木製の氷蔵庫をまだ使っていたから、ひたすら懐かしい。本書によると、昭和の初めには数千軒の製氷業者がいたというから、電気冷蔵庫が普及するまで、みんながお世話になっていたとの事実がここからも浮かび上がる。
つまり「損料屋」も「氷屋」も、形を少し変えて残っているものの、最初の形態ではないという意味で「消えた仕事」なのである。これに対して、ほぼ完全に消えている「仕事」もあり、それが鍋や釜の穴をふさぐ「鋳掛屋」、キセルの修理をする「羅宇屋」などだ。本書はこのように、いまはなくなってしまった「昭和の仕事」を紹介する書で、こういうふうに「消えた仕事」が次々に出てくるから興味がつきない。平野恵理子のイラストもよく、鋳掛屋のおじさんが壊れた釜を直す作業をじっと見ている子供たちの姿などが、読み終えても残り続ける。
▼澤宮 優『イラストで見る昭和の消えた仕事図鑑』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321903000123/