単純な倒叙ミステリーでは終わらない。見事な工夫に脱帽。東野圭吾の11作品、怒濤のレビュー企画②『探偵倶楽部』
全部読んだか? 東野圭吾
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全部読んだか? 東野圭吾――第2回『探偵倶楽部』
数ある東野圭吾作品。たくさん読んだという方にも、きっとまだ新しい出会いがあります。
『超・殺人事件』刊行に合わせ、角川文庫の11作すべてのレビューを掲載!
(評者:西上心太 / 書評家)
1990年に『依頼人の娘』として祥伝社より刊行された、全5編からなる短編集である。もともとは同社の「小説NON」誌に連載された作品で、最初の文庫化に際し現在の『探偵倶楽部』に改題された。本書は二度目の文庫化である。
この前年の1989年には、東野圭吾のキャリアにとって極めて重要な『眠りの森』を上梓している。いまも東野圭吾の重要なキャラクターである加賀恭一郎が、刑事として登場する作品なのだ。加賀はデビュー2作目の『卒業』(1986年)に初登場した際は、大学生だった。『眠りの森』は、単なる探偵役にとどまらない加賀のキャラクターが決定した作品といっていいだろう。そのほかにも先に紹介した『鳥人計画』、特異な形をした館で起きる殺人事件を描いた〈館もの〉の本格ミステリー『十字屋敷のピエロ』、犯罪者視点で描いた『ブルータスの心臓』など5作を上梓している。
そして1990年も本書を皮切りに『宿命』など4作品を発表するなど、作品の発表数も増え、作風も広がっていった時期だったといえるだろう。
本書は基本的に「家族」の間で起きた事件に対し、探偵倶楽部から二人の探偵がやってきて……、というフォーマットで統一されている。
探偵倶楽部とは、企業オーナーなど資産家専用の会員制倶楽部だ。どうやら社員の品行調査や、配偶者の浮気調査なども行っているらしいが、本書の場合は人の死がからむ事案がほとんどである。いつも登場するのが男女の二人組。日本人離れした彫りの深い顔を持つ、30代半ばほどの黒っぽいスーツ姿の男。そして切れ長の目と引き締まった口元の20代後半ほどの美女の二人である。
「偽装の夜」では社長の死をめぐる隠蔽工作を暴くことになる。
大手スーパー・マーケット経営者の正木藤次郎の自宅で、彼の喜寿を祝うパーティが開かれていた。宴が終わりに近づいたころ、後妻が離婚届を持ってやってくるというハプニングがあった。それを機に藤次郎は書斎に退いたが、終宴の挨拶を頼みに書斎に入った面々は、室内で首を吊っている藤次郎の遺体を発見する。
先妻の娘婿である副社長。後妻の実子である専務。甥にあたる営業部長。そして三番目の妻の座を目前にした若い愛人。遺産の分配をめぐり、それぞれ思惑のある者たちは藤次郎の死を隠蔽しようと決め、ある計画を練ったのだが……。
この後に、探偵倶楽部の二人が登場する運びとなる。先妻との娘で、副社長の妻・涼子が依頼したのである。
探偵たちは、さまざまな手がかりや、ミスを見破り、藤次郎が失踪したというのは嘘ですでに死亡していると指摘し、隠蔽工作を見破る。このあたりの呼吸は「刑事コロンボ」ではないが、倒叙ミステリーの定石通り。ところが思わぬことが判明する。関係者たちが隠蔽工作を実行する前に、死体が消失していたという事実が明かされるのだ。予測外の出来事に、読者もびっくりすることになる。
探偵たちはもちろん死体消失の謎も解くのだが、その結論をどのように扱うのかと思えば、依頼者に任せるのである。このラストの処理も洒落ていて、単純な倒叙ミステリーで終わらない見事な工夫に感心するほかはない。
不動産業が本業で金貸しもやっている男が浴室で死亡するのが「罠の中」だ。妻は自宅に滞在していた親族に動機を持つ者がいて怪しいと言い出すが、その矢先に実行犯と目されたお手伝いが自殺する。
共犯者たちの存在を冒頭に記してから、事件を描く「罠の中」。母親が殺害され、父や叔母を疑う女子高生が依頼人となる「依頼人の娘」。探偵への依頼を、ある目的のために悪用しようとする「探偵の使い方」。依頼人の思惑以上の真相が明らかになる「薔薇とナイフ」。
フォーマットは決まってはいるが、各編によって微妙に探偵たちの立ち位置が違うのが作者の工夫であり苦心した点だろう。一筋縄では行かない5編をお楽しみあれ。
▼『探偵倶楽部』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/200312000311/