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特集

東野圭吾『ラプラスの魔女』刊行記念 書店員座談会

作家生活三十年にして八十作目の最新作『ラプラスの魔女』がついに刊行!
これまでの東野作品のすべてが詰まった新作について、本読みのプロである三人に、おおいに語り合っていただきました。

<こちらの記事は「本の旅人」2015年6月号より再録したものです>

これまでにない壮大な世界観

——『ラプラスの魔女』をお読みになった感想からお聞かせ下さい。

狩野 大樹(小田急ブックメイツ相模大野店):厚さのわりにさっくり読めましたね。読み始めてすぐにこれからどうなるんだろう、と続きが気になって途中でやめられなかったんですよ。結局、最後までどういう結末になるのかぜんぜん予想できませんでした。
 
高橋 美里(オリオン書房所沢店):いままでの東野さんの作品とぜんぜん違うような気がしましたね。ミステリ要素は入ってるけど、「ガリレオ」シリーズのような「全力でミステリ」というわけではないし、ご自身がほかの作品で試みられていたSF的な部分もあるし。より大きな世界観があって、すごくワクワクしました。
 
宇田川 拓也(ときわ書房本店) 内容紹介に「円華という若い女性のボディガードを依頼された元警官の武尾は、行動を共にするにつれ彼女には不思議な《力》が備わっているのではと、疑いはじめる。」とあったので、僕は最初、ボディガードものだと思ったんですよ。東野さんがボディガードものを書いたのか、と。

高橋:やばい。泣いてしまう。東野さんのボディガードものなんて(笑)。

宇田川:ボディガードものって、海外作品なんかで一つのジャンルとしてあることはありますよね。だから東野さんが今回挑戦したのはボディガードものなのかと思っちゃったんですよ。でも、『ラプラスの魔女』を読んでいくと、どうやらボディガードものというわけでもなさそうだ。護衛する女の子が特殊な能力を持っているんだけど、じゃあ、特殊能力を持った女の子を脅威から守るお話かというとそういうわけでもなく。登場人物がたくさんいて、ページをめくるたびに新たなストーリーが現れてくる感じなんですよね。群像劇というか、登場人物たちの物語が同時並行で進んでいく。だから、どこでどうその物語がつながっていくのかがなかなかわからなくて、先が読めない。最後まで読むと、ちゃんと決着はつくんですけど、このままで終わるような気がしない。絶対、この先に何かあるだろうなって思ってしまう。ものすごく壮大な、スケールの大きな物語の一部なんじゃないかとすら思ってしまった。長い長い物語のエピソード1を読んだ感じです。

高橋:たしかに今回、ほかの作品に比べて登場人物がすごく多い気がしていたので、いま宇田川さんが言った「群像劇」という表現は、ピンときますね。しかも今回、登場人物それぞれの視点から描かれる「多視点」じゃないですか。誰の視点を切り取っても、面白いスピンオフ、二作目ができそう。たとえば警察サイドの話とか。

宇田川:「小説野性時代」にスピンオフが載るんですよね? それもすごく楽しみです。それと、『ラプラスの魔女』の刊行に際して東野さんがコメントを寄せていて、「これまでの私の小説をぶっ壊してみたかった。そしたらこんな作品ができました。」というものだったので、何を壊そうとしているのか、どこを壊そうとしているのかと、うがった読み方をしてしまったんです。でも、読んでいる途中で、もしかしたら、東野さんのこれまでの小説とは比べものにならないくらいどでかい青写真があって、この作品の世界がすべて完成したら、ほかの作品が霞んじゃうっていう意味なのかなと思ったんですよ。

狩野:登場人物が多いだけではなく、一人ひとりに存在感がありますよね。それぞれに焦点をきちっと合わせているので、どの人も主人公になり得るなと思いました。主人公は「不思議な《力》」を持っている円華だと思うんですが、彼女がどういう人物なのかということも、登場人物それぞれの視点によってまるで変わってくる。いろいろな読み方ができますよね。彼女の能力はSFというか、現実にはない設定なんですが、物理学の観点から説明されていて、現実として受け入れられる。SFやファンタジーが苦手な人でも小説の世界に入り込みやすいと思いますね。

宇田川:リアルなところはリアルとしてものすごくきっちりつくって、そこに一滴、SF的な要素をぽたっと落としたときにどういう世界が展開するか。こういう発想で書かれたものは東野さんの過去の作品にはなかったと思いますね。「ガリレオ」や「加賀恭一郎」のようなシリーズものは別として、ここまで壮大な世界観を持ったものはないんじゃないですか。円華の能力も『ラプラスの魔女』にとどまらない可能性があると思うんですよ。国家規模の話になるし、研究は日本国内だけとは限らない。だったら、ラプラスの「魔女」だけじゃなくて、「魔王」がアメリカにいるかもしれない(笑)。

高橋:物語が終わっても行方がわからない登場人物もいるしね。そう考えると、『ラプラスの魔女』はこれから続く物語の入り口なのかもしれないですね。

果敢に挑戦してきたエンターテイナー

——冒頭で高橋さんが「いままでの東野さんの作品とぜんぜん違う」とおっしゃっていましたが、これまでの東野作品と比較してどうですか。

狩野:東野作品には、感動できるもの、どんでん返しで驚かされるものなどいろいろありますけど、『ラプラスの魔女』はその中心に位置づけられる作品だと思いますね。さまざまな要素が入っていて、ここからまた新しい何かが生まれてきそうな気がします。

高橋:私、最初に読んだのが講談社ノベルスの『十字屋敷のピエロ』だったので、最初は本格ミステリ作家というイメージだったんですけど、その後の作品では人間の内面をえぐるような描写や、悪意を描いて真に迫っていて、人間を描けるミステリ作家なんだと思うようになっていきました。最近ではミステリ的な要素よりも人間を描くほうに重点が置かれた作品がだんだん多くなってきたのかなと思っていて、それも嬉しいんだけど、もっとミステリも読みたいなとか、読者の要求の幅がどんどん広がってくる。そんな希有な作家さんだなと思います。

宇田川:僕は東野さんって、エンターテイナーとして「俺、これだけじゃないぜ」って、ずーっとやってこられた作家だと思うんですよ。デビュー作は『放課後』。青春ミステリですよね。その後は本格ミステリ寄りの作品もあるし、『変身』や『秘密』のようにSFやファンタジーに挑戦したり。『さまよう刃』のような倫理観を問う作品や、今度映画化される『天空の蜂』のように原発テロを題材にした社会派的な作品もある。かなり果敢にチャレンジされている作家さんだと思います。今回の『ラプラスの魔女』では、とくにいままでエンタメ方面で培ってきた手腕を全力で発揮していて、伏線の張り方とか、展開の意外性とかが本当に見事。しかもそのさじ加減が絶妙で、大げさに見せることをしないんですよね。並の作家なら大仕掛けだと強調しそうなことでも、まるでテーブル・マジックでもやるかのようにさらっと見せてしまう。本当にすごいな、と思いますね。

登場人物それぞれの物語

——書店員として、お客さんからどういう作品かと聞かれたら、どう説明しますか?

宇田川:どう説明しましょうか。難しいですね。まずは、いろんな要素が混ざっている小説ですよね。ミステリ、SF……。

高橋:すごいエンターテインメントですよ、というのは簡単だけど、それで説明になっているかというとたぶんそうではなくて。

宇田川:逆にそれを売りにしてしまうとか。

高橋:一言では言えないから読んでくれ、とか?(笑)

宇田川:入っているジャンルをぜんぶ言って、このなかで引っかかるものがあれば絶対に面白いですよ、とか。

狩野:ジャンルもそうですけど、登場人物それぞれの視点に立てば、また違う物語が見えてきますよね。

宇田川:それぞれの登場人物のエピソードだけ抜き出して読んだとしても絶対に面白い! キャラクター別にいえば、ボディガードものかもしれないし、悪女ものかもしれない。警察小説にもなりうる。エピソードを重ねたり、編み込むことで一篇の長編小説になっていますけど、登場人物それぞれの物語としても読める。しかも一つひとつのジャンル小説としての完成度がものすごく高い。

狩野:登場人物それぞれの物語をつなぐ役割を担っているのが地球化学が専門の研究者、青江ですよね。温泉地で起きた事故の検証から事件に巻き込まれていきますけど、もともとはほかの登場人物たちと無関係。だから、彼の視点に立って読めば読者は入りやすいんじゃないかな。キャラクターとしては意外と薄いんだけど。

高橋:個性がすごく強いというわけではないですよね。でも、いい仕事はする。

宇田川:役割はきっちり果たしてる。でも、『ラプラスの魔女』だけでこの人物を書ききっているわけではないんじゃないかってどうしても思ってしまう。この物語ではこういう役割だけど、ほかの物語では違うかたちで活躍するんじゃないかとか、想像の余地がある。可能性を感じますよね。

狩野:今回、東野さんはほかの登場人物たちもあまり書き込んでいないですよね。外見とか。最初、どんな人物かパッと思い浮かばなかったんですよ。だんだんイメージがつかめましたが。

宇田川:読者に自由に想像してほしいということなんでしょうね。どんな人をあてて読んでもらってもいいよ、という。それに、青江だけじゃなく、ほかの登場人物たちもまだまだ書けることがたくさんあるんじゃないかと思わせる。この一冊だけでどうこう、というのは早計のような気さえします。この先、東野さんがさらにキャリアを重ねられていったときに「ああ、すべては『ラプラスの魔女』から始まったんだ」と振り返るような作品になるんじゃないかと思うんですよ。時間が経てば経つほど作品の重要性が増していくんじゃないかなっていう予感がしているんです。でもそれをお客さんにどう伝えるか。短い言葉にすると「東野圭吾、待望の新刊です」になっちゃう(笑)。

集大成ではなく、新たなスタート

狩野:あなただったらこの小説をどう薦めますか? みたいな切り口もあるんじゃないかと思いますね。東野さんの作品のなかでも『手紙』のように、ここを読んで欲しいというポイントがはっきり決まっている小説もありますけど、今回はそうではなくて、読んだ人それぞれに引っかかるところが違う作品だと思います。キャラクターでもいいし、事件でもいい。特殊能力でもいい。読んだ人が実際にどこに惹かれたか、どこで感動したかを挙げてもらうことで、まだ読んでいない人の興味をそそることができるんじゃないかと思います。

高橋:私もいくつかポップを用意して引っかかるところで、と考えていたんですけど、一つ大きなものを挙げるとすれば、最初に言ったようにいままでの東野作品とは違うところ。「あなたが知っている東野圭吾ではない」が引きになると思うんですよね。それと、ネタバレになるから言えませんけど、実はこれってすごい大きなトリックの話だなと思っているんです。いわゆる理系ミステリとしても読めるのかな、と。

宇田川:『ラプラスの魔女』にはこの三十年間で培われてきた東野作品の魅力、東野さんの「さすが」というところがぎゅっと凝縮されていると思うんですよね。それを何とかお客さんに伝えたいんですけど、どう表現すればいいのか。

高橋:これまでの東野作品の「どれでもあるけどどれでもない」ということなのかな。だって、これまでSF的な作品を書いていないわけではないし。

宇田川:お祭りみたいにしちゃってもいいかもしれないですね。東野圭吾作家デビュー三十周年記念作品であり、KADOKAWAさんの創業七十周年記念作品でもあるし。節目の記念作品というだけでも十分売れると思いますけど。ただ、節目の作品ですけど、集大成ではなく、始まりだと思うんですよね。東野さんのさらなるピークの起点となる作品。到達点というよりは、ここからどこへ行くのかを期待させるスタートの作品。東野さんの作品をまったく読んだことがない人でも、読み始めの一冊として手にとってもらえる。そうすれば必ず次の作品を楽しみにしてもらえるんじゃないかと思いますね。

——『ラプラスの魔女』のここがすごい! と思われたところをもう少しお願いします。

計算して奇跡を起こす!

宇田川:細部にわたるまで、本当に緻密ですよね。刑事が捜査にやってきて、名刺をもらわなかった。でも、それで正解。なぜならICチップが入っていて、居場所が特定されるかもしれないから、という会話がさりげなく描かれていたんですけど、唸りましたね。たしかにいまの時代、そういうことがあってもおかしくない。最先端の技術もしっかり採り入れて時代を感じさせる。それも、見過ごしてしまいそうなくらいさらっと書くんですよね。登場人物の描き方もそうで、バランスがいい。どこかに偏っているということがない。あらゆる部分がぬかりないというか。いろんなことが計算されたうえで書かれているんじゃないかと思いますね。

高橋:最後の場面がちょうど四十章で終わっているんですよ。すごくキリのいい数字。これも計算なのかな。すごいなあ、と思いました。

狩野:これだけの登場人物がいて、誰か一人だけに感情移入することなく、ページをめくる指が止まることがなかったところがすごいと思いましたね。それってよほど上手く書かないと難しいと思うんです。ふだん、小説を読むときには誰か一人に感情移入すると一気に読めることが多いので、最初はちょっと戸惑ったんですが、途中からまったく気にならなくなって。

宇田川:あまり書き込まれていないから想像が刺激されるところもありますよね。続編とは言わずとも、この後、東野さんが書く作品のなかに『ラプラスの魔女』の登場人物が出てくるんじゃないかとか。「この登場人物はあのときに?」とかありそうだと思いません?

高橋:あるかもしれませんね。ほかの作家さんでは、キャラクターが作品に相互乗り入れすることってよくありますけど、東野作品ではそういうことはいままでなかった。もしもそういう読み方ができるような作品がこれから出てくるとしたら、すごく楽しみですね。

宇田川:これから芽を出すかもしれない種がいっぱい詰まった一冊のような気がするんですよ。ここからどんな花が咲くのか、実がなるのかが楽しみ。これほどまでにこれからを予感させる東野さんの作品はなかったですね。

高橋:想像が広がりますよね。でも、この本についてこうやってみんなが語り合うことがすでに計算されていたりして(笑)。ラプラスって確率論で有名なフランスの物理学者だそうですけど、東野さんご本人がラプラスなのかも。

狩野:オビに「彼女は計算して奇跡を起こす」ってありますけど、東野さんは『ラプラスの魔女』で、計算して奇跡を起こしたのかもしれないですね。

狩野大樹さんがポップを書くなら!

高橋美里さんがポップを書くなら!

宇田川拓也さんがポップを書くなら!

 
インタビュー・構成:タカザワケンジ / 撮影:ホンゴユウジ / 撮影協力:抱月


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