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連載

全部読んだか? 東野圭吾 vol.1

若手の頃から東野圭吾はすごかった。犯人が事件を推理する!? 東野圭吾の11作品、怒濤のレビュー企画①『鳥人計画』

全部読んだか? 東野圭吾

全部読んだか? 東野圭吾――第1回『鳥人計画』

数ある東野圭吾作品。たくさん読んだという方にも、きっとまだ新しい出会いがあります。
超・殺人事件』刊行に合わせ、角川文庫の11作すべてのレビューを掲載!

(評者:西上心太 / 書評家)


書影

東野圭吾『鳥人計画』(角川文庫)


 東野圭吾が「放課後」で江戸川乱歩賞を受賞してデビューしたのが1985年。本書『鳥人計画』は、その4年後の1989年に発表された11作目の作品だ。
 当時は、四六判ハードカバーの書下ろし叢書の発刊が各社で盛んに行われていた。それもあってか、注目作品や話題となる作品が、それまでの新書ノベルス中心から、四六判ハードカバーへと移行していった。そういう時代である。
 本書も新潮社の〈新潮ミステリー倶楽部〉から書下ろしで刊行された。この叢書からは、文学賞受賞作品や、各誌ベストテン企画で上位を占める作品があいつぎ、叢書自体の評価が高かった。いわば、書下ろし叢書の高級ブランドだったのである。その中の一冊なので、通常以上に力を注いだ作品であったのでは、とも想像できる。

 北海道札幌市の宮の森シャンツェで事件は起きた。ジャンプ競技大会があった翌日に、ただ一人ジャンプ練習を行っていた楡井明選手が、着地した直後に倒れ死亡したのだ。唯一の目撃者は、楡井にシャンツェに呼び出された恋人の杉江夕子だった。楡井の死因は薬物──トリカブトから分離した毒物──による中毒死と判明した。
 楡井明は22歳。世界に通用する可能性を秘めた、天才ジャンパーだった。彼はいつも食後にビタミン剤を服用する習慣だった。その日も、合宿宿舎になっているホテルのレストランで、昼食後にビタミン剤のカプセルを服用していたのを目撃されていた。そしてレストランに預けていた薬袋からは毒入りのカプセルが見つかった。そのような状況から容疑者はジャンプ競技関係者に絞られる。だが、はっきりしたアリバイがある関係者が少なく、捜査は難航する……。

 スキーのジャンプ競技を真っ正面から取りあげた作品である。ジャンプ競技ならではの技術論や選手心理などが、物語と密接にからんでいく。相当詳しく取材したことがうかがえて、リアリティにも不足はない。
 綿密な取材できっちりと舞台を設定した上で、作者はプロットに工夫を凝らす。本書最大の魅力は単純な犯人当て(フーダニット)で収まらないところにあるのだ。
 まず、序盤早々に、楡井の毒殺を図った人物が明らかになる。楡井のコーチである峰岸貞男のもとに、犯人であることを告げ、自首を促すメッセージが届く。さらに警察にも峰岸が手を下したという密告状が届き、警察の捜査で徐々に証拠が集まり、峰岸は逮捕されてしまう。実際に、峰岸が視点人物となる章において、彼は自分の犯行をまったく否定しない。
 いやはや、この展開には驚かされる。世界一を狙える選手を抱えたコーチがなぜ彼を殺したのか。警察や読者の興味はその殺害動機に絞られる。つまり動機の謎──ホワイダニット──が浮かび上がるのだ。さらにいかにして毒を飲ませたのかというハウダニットも捜査陣の前に立ちふさがり、その謎は「犯人」である峰岸が用意したトリックと関わってくる。
 そして峰岸自身も、謎解きに加わるのである。自分が犯人であると見破ったのはいったい誰であるかという謎に。自分の正体を見破った「探偵」の正体を峰岸は必死に考える。そうなのだ、犯人による探偵捜しという、倒錯したフーダニットも加わるのである。
 ジャンプ競技における選手の能力向上をめぐる計画を背景に、誰が、なぜ、どのように、という一方通行ではない三つの謎が複雑にからみ合い、しかもラストでは、「最後の一撃」というミステリーでおなじみの、衝撃的などんでん返しまで用意されている。
 若手のころから、東野圭吾はすごかったなあ。しみじみとそう思わされる初期の傑作の一つである。

▼『鳥人計画』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/200201000079/


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