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レビュー

物理現象を予測? 奇跡のヒロイン再び 『魔力の胎動』

 気象衛星やコンピュータの発達により、これまで以上に精確な気象予報を出せるようになった。だが近年は気象の変動が激しく、ゲリラ豪雨や竜巻など局所的な異常気象が予測を上回る規模で発生し、大きな被害になることも多い。気象予報とは何かを単純化すれば《物理現象の分析》と換言できるだろう。しかし地球規模の自然ファクター——地球の自転や大気の動き、海面の気温など——があまりに多く、気象を人間が完璧に把握することは難しい。

 だがここに「予測できない物理現象なんてない」と事もなげに口にする女性が登場する。羽原円華(うはらまどか)である。

 彼女は東野圭吾の作家デビュー三十周年記念作品として二〇一五年に刊行された『ラプラスの魔女』で初登場した。この作品がどのようなストーリーだったのか、詳しく語るのはやめておこう。本書の刊行に先駆けて『ラプラスの魔女』の文庫版が発売されたのだが、この二作はシリーズ一、二作目という単純なものではなく、表裏一体、互いに補完しあう関係になるように構成されているからだ。そのため刊行順に関係なく、どちらの作品から読んでもいいようになっている。実に巧みな工夫である。

 円華の情報であらかじめお伝えしておくのは、彼女の父親が世界で無二といっていい天才脳外科医であること、北海道にある祖父母の家に帰省中に、母親と円華が竜巻に襲われたこと。この二点だけにしておこう。円華は運良く助かったが、彼女をかばった母親は命を失ってしまった。それ以来、円華は母の死の原因となった、気流の動きや研究に強い関心を抱き、竜巻やダウンバーストなどの異常気象の予測を究めたいと思っているのだ。

 本書には工藤(くどう)ナユタという男性が登場する。彼に人と人との出会いを演出し物語を進めていく、ハブのような役割を与えている。ナユタは鍼灸師(しんきゅうし)で、老齢になった師匠に代わって、患者たちのもとに赴き治療を行っているのだ。もう一人の脇役が大学で流体力学を研究している筒井(つつい)准教授である。この二人と円華が出会う場所が北海道のスキージャンプ競技場だ。負傷をきっかけに不調に喘ぎ、引退も考えている元一流ジャンパーの坂屋(さかや)がナユタの患者だったからだ。

 筒井はスポーツと流体力学の関係をライフワークにしている。先述した理由により、筒井の研究は円華の目的にとって重要なものだった。こうして三者が一堂に会することになったのだ。筒井が撮影した坂屋のジャンプの映像を見た円華は、坂屋のスランプの原因を即座に見抜く。そして円華のアドバイスはある結果を残すのだが、偶然か奇跡か常人には理解しがたいものだった。

 次は野球のナックルボールがテーマとなる。ナユタの患者は引退を決意したベテランキャッチャーである。だが彼が指名した後継者は捕球イップスに陥り、ナックルボールが捕れなくなってしまった。このままではナックルボールを駆使する《乱流の魔術師》まで引退を余儀なくされる。それを惜しんだ円華はある行動に出て再び奇跡を起こすのだった。

 これが第一章と第二章で、まるでスポーツミステリーのようなおもむきだが、第三章以降はよりシリアスな問題がテーマとして浮上し、もう一人の重要人物である円華の父・羽原全太朗(ぜんたろう)の業績がストーリーと密接に関わってくる。さらに狂言回し的な役割と思っていたナユタに、意外な事情が隠されていることがクローズアップされるとともに、本書の世界と『ラプラスの魔女』が滑らかにつながっていく仕掛けが判明する。

 円華が引き起こす奇跡とは? 円華が持っている能力とは? それを知る者も知らない者も、本書の巧みなストーリーテリングに酔わされる。そして後者はすぐに『ラプラスの魔女』を読まずにはいられなくなるだろうし、前者も同書の再読に取りかかるはずだ。

『ラプラスの魔女』と『魔力の胎動』。この世界の円環はまだ閉じていないのではないか。そんな気にさせる出色の作品が本書なのだ。


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