menu
menu

連載

王谷 晶「食う寝る処にファンダンゴ」 vol.14

【連載小説】家庭用給水器の訪問販売員として古屋敷にやってきた女は、玄関で倒れてしまった。王谷 晶「食う寝る処にファンダンゴ」#8-1

王谷 晶「食う寝る処にファンダンゴ」

※本記事は連載小説です。



前回までのあらすじ

「穀潰し」として実家で暮らしてきた姫香。派遣切りで自室三畳半のシェアハウスの家賃に困る芽衣子。妊娠中の身で居候先の彼氏に逃げられたヨーコ。家出をした姫香は老女・岸ユキ江と出会い、古い大屋敷で住み込みのお手伝いとなることに。職も家も失った芽衣子はネットカフェへ。姫香とユキ江はヨーコに出会い、ユキ江は身寄りのない彼女を自分の屋敷に誘う。その岸邸に、家庭用給水器の訪問販売員になった芽衣子がやってきたが、玄関で倒れてしまう。

詳しくは 「この連載の一覧
または 電子書籍「カドブンノベル」へ

 古新聞や中身の分からない段ボール箱が積み重なったきし邸の広い玄関の中、けもの道のようなごみとごみの隙間に挟まるように、ざわはぐんにゃりと倒れていた。顔色は紙のように白く、乱れた髪のこめかみのあたりに白髪が目立つ。パンフレットがその周りに散乱し、その明るい色彩が場違いに浮き上がっていた。
「どいて!」
 倒れている芽衣子を見るなり、ヨーコは妊婦とは思えない素早さで駆け寄り素早く手首と首筋、鼻の前に手をかざし脈と呼吸を確かめた。
「もしもーし! 聞こえますか! 聞こえたらなんでもいいから合図して!」
 耳をつんざくようなヨーコの大声に、ひめは小さくひっと引きつり飛び上がった。ユキは何が起こっているのか把握できていないのか、一歩離れたところに立ってぽかんとしている。
「もしもーし! おーい! ……だめだ、意識ないかも。ばーさん、救急車呼んで!」
「あら、まあ、なんだか大事なのね」
「なにノンキなこと言ってんの?! 人が倒れてんだっつの! 救急車! 電話! 早く!」
「電話……そういえば、しばらく見ていない気がするわ。電話ねえ……どこにあったかしら」
「はあ?!」
 ヨーコの声がさらに一オクターブ高くなった。
「よ……呼ばないで……病院はだめ……」
 弱々しい、震えた声が芽衣子の口から漏れた。
「あ、意識あった。大丈夫すかー! どっか痛いとかありますかー!」
 なおもでかい声でヨーコが呼びかける。芽衣子はけいれんするように目をまばたきさせたあと、再び「病院はだめ……」と言って、起き上がろうとし始めた。
「ちょっと、無理しちゃだめ! 頭打ってるかもしれないし、のうこうそくとかだとやばいし。安静にしてないと。いま救急車呼びますから」
「だ……だめ。やめて……病院、行けないです……」
「保険証ないの? 後から持ってけば大丈夫だよ」
「お金が……ないんです……病院なんか行ったら……払えない……何も……」
 起き上がりかけた上半身は、またばたりとごみとパンフレットの山の中に突っ伏してしまった。
「おなかすいた……」
 かすれた声が、しかしはっきりとそう言った。
「おなかすいた……もうイヤ……もうやだ……やだよー……働きたくない……働きたくないよー……」
 やだ、やだ、と子供がだだをこねるように繰り返し、やがて芽衣子は人目もはばからず、本当に小さな子どもになってしまったように、うえええええんと声を上げて泣き始めてしまった。

▶#8-2へつづく
◎第 8 回全文は「カドブンノベル」2020年10月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2020年10月号

「カドブンノベル」2020年10月号


おすすめ記事

MAGAZINES

カドブンノベル

最新号
2020年10月号

9月10日 配信

怪と幽

最新号
Vol.005

8月31日 発売

小説 野性時代

第203号
2020年10月号

9月12日 発売

ランキング

アクセスランキング

新着コンテンツ

TOP