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連載

王谷 晶「食う寝る処にファンダンゴ」 vol.12

【連載小説】妊娠中の女を連れて、戻ってきた大屋敷。そこに、訪問販売員の女が訪ねてきた。 王谷 晶「食う寝る処にファンダンゴ」#7-1

王谷 晶「食う寝る処にファンダンゴ」

※本記事は連載小説です。



前回までのあらすじ

「穀潰し」として実家で暮らしてきた姫香。派遣切りで自室三畳半のシェアハウスの家賃に困る芽衣子。妊娠中の身で居候先の彼氏に逃げられ、アパートも解約されたヨーコ。家出をした姫香は老女・岸ユキ江と出会い、古い大屋敷で住み込みのお手伝いとなることに。職も家も失った芽衣子はネットカフェへ。姫香とユキ江はヨーコに出会い、ユキ江は身寄りのないヨーコを自分の屋敷に誘う。その岸邸に、家庭用給水器の訪問販売員になった芽衣子がやってきた。

詳しくは 「この連載の一覧
または 電子書籍「カドブンノベル」へ

「恐れ入ります、ワタクシ、スマイルパワージャパンのざわと申します! きしユキさまはご在宅でしょうか?」
 びーんと響き渡る大声に、ひめは一発で硬直してしまった。目の前に立っているのは、もちろんぜんぜん知らない人だ。
「え、ええと、あの」
「本日は岸ユキ江さまにぜひお伝えしたいことがあり、ご本人様とお話しさせていただきたいのですが!」
 姫香は焦った。女の人はちゃんとスーツを着ていて、書類ケースを持っていて、ストッキングも穿いている。お役所とか、そうでなくても「ちゃんとした」用事のある人に見える。だから、ユキ江に来てもらったほうがきっといいはず。
「あの、す、少し待ってください」
 ぺこっと頭を下げて、姫香は急いで廊下を戻った。ヨーコの大きい声とユキ江のかんだかい声が家の奥の方から響いている。それにしても、本当になんて大きいお屋敷なんだろう。姫香の実家も一戸建てだけれど、洗濯物を干すくらいがせいぜいの狭い庭のついた二階建て住宅で、母親はいつもその狭さに文句を言っていた。
「マジで換気しないとやべーって! カビって怖いんだよ?」
「だからってそんな乱暴に開けられたら困ります! その窓ガラスはイギリスから輸入した貴重なものなのよ?」
 物をよけながら声のする方に向かう。映画に出てくるようなきれいな洋間の中で、ヨーコとユキ江がせわしなくしやべりまくっていた。
「そんなだいじなもんなら、もっとキレイに使ってあげなきゃじゃん。いやいつから掃除してないのこの家? 扉も窓もみんな立て付け悪いし、生活しにくくない?」
「大きなお世話ですよ。あたくしはここで立派に生活しています」
「いやでもばーさん顔色とかあんま良くないよ? あたし仕事柄そういうの分かんだから。ちゃんと食ってる? 質のいい睡眠とれてんの?」
「偉そうに指図されるいわれはありませんよ。あなたみたいなちゃらちゃらした人よりずっと毎日健康に気をつけてきちんと暮らしているに決まってるでしょう」
「うける。チャラさと健康関係ねーし」
「あ、あの……」
 おっかなびっくり、姫香は二人に声をかけた。
「あれっ、どうしたの。なんかあった?」
「あの……あの、玄関に、誰か来ていて……ユキ江さんとお話ししたいって」
「まあ、どなたかしら。お名前は?」
「え? 名前……名前、ええと」
 姫香は焦った。名前。確かに名乗っていた気がする。でも、覚えていない。人の名前を覚えるのはもともと苦手だ。なぜなら、誰かと会話しているときは自分はへまをやらかさないか、おかしく見えていないかに神経を集中させてしまうので、相手の喋っていることがほとんど頭に入ってこないのだ。
「ええと……スーツを着てました……」
「それは名前じゃねーだろ。なんかの勧誘とかじゃないの? 何の用?」
 ヨーコが近くにあったソファによっこいしょと腰を下ろしながら言う。
「勧誘、ですか」
「そーだよこんなでっかい家にばーさん一人で暮らしてんのバレてたら、あやしい勧誘とか来まくるじゃん。健康食品とか変な水とか売りつけようとしてんじゃないの? そういうの、うちのジムにもけっこう来るんだよねーシニアコースのお客さん目当てに」
「はあ……」

▶#7-2へつづく
◎第 7 回全文は「カドブンノベル」2020年9月号でお楽しみいただけます!


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