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連載

王谷 晶「食う寝る処にファンダンゴ」 vol.10

【連載小説】家も職も失いネットカフェで寝泊まりするようになって10日。ハローワークの前で声をかけられた。 王谷 晶「食う寝る処にファンダンゴ」#6-1

王谷 晶「食う寝る処にファンダンゴ」

※本記事は連載小説です。



前回までのあらすじ

「穀潰し」として実家で暮らしてきた姫香。派遣切りにあい自室三畳半のシェアハウスの家賃に困る芽衣子。妊娠中の身で居候先の彼氏に逃げられ、アパートも解約されたヨーコ。家出をした姫香は老女ユキ江と出会い、古い大屋敷で住み込みのお手伝いとなることに。職も家も失った芽衣子はネットカフェへ。ヨーコは、彼氏の後輩ともみ合っているところをユキ江に止められ、言い争いになる。姫香は硬直し、二人の舌戦を眺めながら自分を責める。

詳しくは 「この連載の一覧
または 電子書籍「カドブンノベル」へ

「はい、大きな声で〝感動コール〟! その一! ありがとうございます!」
「ありがとうございます!!」
 広い部屋の中に、ほとんど叫びに近い大声が響く。五十坪程度、コンビニ一軒分くらいの広さのその大部屋は、窓に重たいブラインドカーテンを掛けていて、外の景色は何も見えない。会議室に置かれているような簡素な長机と折りたたみ式のパイプ椅子が置かれ、三十人ほどのスーツ姿の男女が椅子の横に背筋を伸ばした姿勢で立っている。
「はい、その二! 申し訳ございません!」
「申し訳ございません!!」
 は力いっぱい叫んだ。でも、この数日口にしているカロリーはネカフェの無料ドリンクとディスカウントストアで五十円引きになっていた薄皮あんぱんを一日一袋だけ。腹に力が入らなくて、立っているだけでもふらつく。それでも芽衣子はやる気に満ちていた。やっと見つけた仕事を、手放すわけにはいかない。
 ネカフェで寝泊まりするようになって十日。そのうち五日は日雇い派遣で見つけたポスティングと検品の仕事で六千円から八千円の日払い給料を受け取り、それを宿泊費にあてることができた。十二時間ごとに荷物ごと外に出て、駅のコインロッカーにキャリーケースを入れ仕事をし、受け取った給料でまたネカフェに戻り十二時間パックを買い、ネットで仕事を探し、冬用のコートを掛け布団代わりにして寝る。食費はなるべく切り詰めた。
 シャワーは毎日使っているが、急に肌荒れがひどくなり、特に口の周りが粉を吹いたようになってファンデを塗っても毛羽立つような感じになってしまう。マスクをして過ごすようになった。それも買い替えるのがもったいないので、百均で買ったのを汚れるまで繰り返し使っている。職探しは難航し続け、ハローワークはもはや絶望するために足を運んでいるようなものだった。
 ネカフェを出ると、すぐ近くにはきらびやかな看板を出したキャバクラやガールズバーがのきを連ねている。ネットで仕事を探しているうちに、そういう店には「体験入店」という制度があって、本採用されなくても一日分の給料がもらえることを知った。一晩、たった数時間の仕事で一万円ほどの給料が出る店もある。けれど、芽衣子は自分の荒れ果てた顔を触り、それは無理だと諦めた。たとえ体験だろうが何だろうが、そもそも採用なんて絶対にされない。店の人に迷惑がられてあざわらわれるのがオチだ。美容院にもずっと行っていないし、すね毛もスカートから見える部分しか処理していないし、仕事関係以外で男の人としやべったことも、ほとんどない。だから、水商売という選択肢はない。それ以外の仕事を、なんとか探さないといけない。
 そんな時に、急に転機が訪れた。三日前。ハローワークの入っている建物を出てすぐのことだった。芽衣子より少し若いくらい、ダークグレーのパンツスーツを着こなし明るい笑顔を浮かべた女性が近づいてきたのだ。
「あの、すいません。こちらのハローワークの職員の方ですか?」
「え? いえ、違います。ただの利用者で……」
「あ、そうでしたか! すいません、じゃあ、失礼ですがお仕事お探し中……ですか?」
「はい……」
「あ、私こういう者です」
 女性はスマートな仕草でさっとスーツの内ポケットから名刺入れを出すと、しゅぱっと一枚名刺を芽衣子に差し出した。『株式会社スマイルパワージャパン 営業部 人事課 課長 まちゆう
「実は今から求人の案件をこちらのハローワークさんに登録してもらう予定なんですけど、正直、なかなか弊社の探している人材とマッチングしないんですよね。あ、お名前伺っていいですか?」
「た、ざわです」
「田澤さんのような若い女性の方にぜひ来ていただきたいんですけど、うちとしては。そうだ、もしまだお勤め先決まってなかったら、弊社をぜひ検討していただけませんか」
 芽衣子は驚いて目を見開いた。今まで面接を断られることばかりで、ぜひ検討してほしいなんて求職の場で一度も言われたことがなかった。
「立ち話もなんですし、これもご縁だと思うので、よければそこのドトールでお茶しませんか」
 にっこりと微笑ほほえまれ、誰かにそんな顔を向けられたのは本当に久しぶりで、芽衣子はほとんど反射的にうなずいていた。
 アイスティーを飲みながら、町田は色とりどりのパンフレットを広げ『株式会社スマイルパワージャパン』の業務を説明し始めた。
「うちは二本の柱って呼んでる企業理念があるんですけど、それが『エコロジー』と『地域のきずな』なんですね。ほら、ペットボトルやプラスチック製品の使いすぎで環境が破壊されて……ってニュースでも聞くじゃないですか。でも都内で生活している人のほとんどがペットボトル飲料を日常的に飲んでいるっていうデータがあるんですね。それで、家庭から出るペットボトルごみを減らそうとして始めたのがこの『スマイルオアシス』事業なんです」
 パンフレットの、家庭用給水器の写真を指差す。
「本体はリース、水のボトルは定期的に配達でご契約者様にお届けします。この定期配達、っていうところが、二本目の柱の『地域の絆』につながるんです。田澤さん、いま日本に一人暮らしのお年寄りってどれくらいいるかご存知ですか?」
「いえ……」
「なんと、四百九十八万人もいるんですよ! それだけの数のお年寄りが、一人でひっそり生活してるんです。もちろん行政のヘルパーさんとかNPO法人で活動してる団体さんもいますけど、手が回らないですよね。そこで、弊社でも何かできないかと考えたのが、このサービスなんです」
 パンフレットをめくる。絵本のような分かりやすいイラストで、スーツを着た笑顔の男女と笑顔のお年寄りが給水器を挟んで手をつないでいる。
「一人暮らしのお年寄りのおうちに弊社の『スマイルオアシス』を設置して、ボトルの配達と定期メンテナンスの訪問で弊社社員とコミュニケーションすることで、お年寄りの生活にうるおいと『地域の絆』をプラスする、という活動なんです。つまり弊社の業務は、単なるビジネスではなく、ボランティア活動も兼ねているっていう感じなんです。いま『スマイルオアシス』を一人でも多くのお年寄りにお届けするために営業社員……弊社ではコミュニケーション・エキスパートって呼んでるんですけど、そのコミュニケーション・エキスパートを探してるんです。田澤さんのような、きちっとした雰囲気の方はもう、ぜひうちで働いてもらえたらと思うんですが」
「で、でも私、営業は経験が無くて」
「大丈夫! 弊社は丁寧な研修がモットーなんです。未経験者もたくさん働いてますよ。もちろん、研修期間もお給料はしっかり出ますし、採用された時点で入社祝い金も出るんです」
「入社祝い金……?」
 思わず声に出して復唱した芽衣子の前で、町田はにっこりとさつのように微笑んだ。

▶#6-2へつづく
◎第 6 回全文は「カドブンノベル」2020年8月号でお楽しみいただけます!


「カドブンノベル」2020年8月号

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